インチキ占い師と対決する

インチキ占い師と対決する

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この間、珍しく電車に乗ったんですけど、ローカル線ってこともあってか車内に人もまばらで何だか乗客の会話が筒抜けでした。老婆が老婆に「腰が痛い」とか「鬼嫁が雑巾の絞り汁を」とか会話している向こうで、一組のアベックの会話が耳に止まりました。

そのアベックは「あん、ろじぱら超好き」「俺の1UPキノコはどうだい?」って会話して、そろそろ本気で怒られますね、やめておきます。で、その話とは別に何だか女性の方が「三国志占いってあるんだよー」とか頭のサイドギャザーがぶっ壊れて脳みそだだ漏れみたいなことをのたまっていたのです。

おいおい、なんだよ三国志占いって、と驚いちゃいましてね、どうしても占いの乙女チックなイメージと無骨な三国志が繋がらないんですよ。高志は劉禅ね、とか言われても微妙にわかんないよ。

とにかくこのアベックだけの話じゃないですけど、最近の日本って異常じゃないですか、朝、テレビをつければ星座占い、雑誌をめくればさらに恋愛星占い。今日のラッキーカラーはムラサキ!そいでもって血液型占いや良く分からない四柱推命占い、ネットでは○○占いと称して何でも占い。こんなにも占いがはびこる昨今、みなさんはどう占いライフをお過ごしでしょうか。

よくよく考えてみてください。朝っぱらからですね「占いカウントダウン!」とかいって「今日の水瓶座はラッキーデイ、素敵な出会いがあるかも!」とかテレビでやってるなんて異常ですよ、異常。内戦に苦しんでる国、平野には未だ地雷原が広がっており、傍らには親を失った孤児たちが今にも餓死しそうになっている。そんな国で「今日のラッキーカラーはマリンブルー!」とか能天気に言ってたらぶっ殺されますよ。

そんな事情もあってか、とにかく僕は占いのという類のものを一切信じず、端から否定することで日常生活を営んでいたりするのです。

つい先日も、占いで女性を騙して脅し、一夫多妻制だかなんだか知りませんけど多くの美女をハーレムの如く従えて酒池肉林、狂乱の宴を繰り広げていた男が逮捕されましたけど、結局ね、占いなんてそんなものだと思うんですよ。

難しい資格試験や研修があるわけでもない。誰だって「おれ、占い師」と宣言したその瞬間から占い師になりえるのです。占い全てを否定するわけではありませんが、そんな状態じゃあ自然と怪しげな占いがはびこるに決まってます。

今でこそ、僕も随分と落ち着いてきて、テレビで占い師が芸能人に向かって「地獄に落ちるわよ」とか別にその芸能人が地獄に落ちても僕の未来に何ら影響がないのにさも大事のように放送しているのも大らかな目で見ることができるのですが、若い頃はそれこそ血気盛んでした。占い師を糾弾してやる、インチキ占い師は許さない。そんなドロドロとした、まるで親が占い師によって殺害されたみたいな、禍々しき恨みの念を持っていました。

街角で手相占いとか人相占いをやってるオッサンに占ってもらっては「全然あたってない」だとか「そんなのは誰でも少しは当てはまること」などと悪態を披露していたのですが、そんな折、ある事件が起きました。

僕が大学生だった頃でしょうか、授業も終わり、学生食堂でご飯大盛りに生タマゴを落とすだけ(合計199円)という清貧でリーズナブルな昼食を食べていたところ、同期の佐藤君が血相を変えて学生食堂に飛び込んできたのです。

「大変だ!チャットに女が!」

大声でそういう佐藤君は、傍目には狂ったかのように映るのですが、彼がここまで興奮するのも無理ないことでした。

僕が大学生時代と言うと、まだ今ほどインターネットも発達しておらず、ちょっと詳しい人が趣味でやってる、みたいな世界のお話でした。そんな中で佐藤君はいち早くインターネットに興味を持ち、さらにどこで入手した情報なのか「インターネットのチャットは女入れ食い」という情報を真っ向から信じ込んでしまったのです。

それからの佐藤君は凄かった。パソコンすら持ってないのに大学のパソコンルームに篭る毎日。独学で勉強し、何だか知らないけど「シュガーチャットルーム」とかいうチャットを設置しやがったのだ。佐藤とシュガーをかけた小粋なジョークも見逃せない。

そんなこんなで、今でこそチャットルームなんて珍しくもないのだけど、当時としては最先端だったチャットを設置し、仕掛けた罠に女性が引っかかってくるのを待った。ここから佐藤の苦悩、いやシュガーチャットの苦悩が始まる。

まず、いきなりチャットルームを開設したところで人がドコドコやってくるはずがない。集客の問題で座礁した。これは、佐藤君が献身的に色々な掲示板などで宣伝することで解決したのだが、それでもやはりいきなりチャットルームに入ってくる人は少なかった。

次に行った対策が、サクラである。佐藤君の理想に共鳴した僕を含む大学の仲間数名が、同じパソコンルームからシュガーチャットに常駐。大学の仲間であるのに見ず知らずの赤の他人のフリをしてチャットを盛り上げ、見ず知らずの人が入って来やすい雰囲気を作り上げた。チャットに4人いて「はじめまして」とか言ってるのに全員知り合いで机を並べているという怪奇チャット。

なんとか偽りであろうとも盛り上がっている気配を見せてきたシュガーチャット、しかしながらここでもさらに大きな問題が。それはまあ、言うまでもなく「女がいない」ってことだったのだけど、これがもうシュガーチャットの存在意義を根底から揺るがす大問題だった。

今でこそ社会的にネットが普及し、頭の弱い婦女子が「私の乳首」とかいってとんなでもない画像をアップロードしている素敵な時代ですけど、その当時なんてネット界の男女比率100:1みたいな男子校みたいな状態ですから、自ずと女性が少なく、尊くて貴重な存在になるんですよね。

結局、自作自演によって賑わいを見せたシュガーチャットなのですが、それにつられて入ってくる面々も「タケシ」だとか「ゴンダ」なんていう一目で男と分かる力強い面々ばかり、中には「性の魔術師」とかいうキチガイみたいなのもいました。んなダイレクトな名前でチャットに入ってくるな。

でまあ、僕らは暇さえあれば大学のパソコン室に篭り、シュガーチャットのサクラに勤しんでいたのだけど、全然女性が入ってこない。入ってくるのはキチガイ風の男ばかり、と散々な状態。少しばかり僕に飽きがきていたこの時、ついに女性がやってきたと佐藤君が報告してきたのだ。

僕らは色めきだった。とりあえず、今は伏兵である大塚君が女性の相手をしているということで僕は急いで卵ゴハンをかっ喰らい、佐藤君と共にパソコンルームへと走った。

パソコンルームに到着する。この部屋は来るべき情報化社会に対応するために広く学生が使えるように大学側が設置した部屋だというのに、シュガーチャットの面々が占拠していた。大塚君が真剣な眼差しでパソコンに向かっていた。

「やばい、どうしようもないくらいに興奮している」

彼はキーボードを叩く指がマジで震えていた。

さっそく、大塚君の両隣に座った僕と佐藤君。神の如き速さでパソコンを立ち上げ、今や灼熱の熱量を誇るほどに熱くなったシュガーチャットを開く。

これほどまでに急いだことがあるのだろうかと思うほどの素早さでシュガーチャットを見てみると、チャット内には「シール」と名乗る間抜けなやつが入っている。これは大塚君のハンドルネームだ。仲間ながら酷い。で、その横を見てみると「亜矢」というかわいらしい名前の女が威風堂々と、圧倒的な存在感で鎮座しておられた。

佐藤君は「シュガー」という名前で、僕は急いで「パトリシア」というとんでもない名前で入室する。そもそも僕のハンドルネームが酷いのだけど、実はこれは今現在名乗っている「pato」というハンドルネームの起源だったりするのだから世の中分からない。

パトリシア:はじめまして、こんにちわ!
シュガー:はじめまして!

突如としてドコドコと入室してくるものだから亜矢ちゃんも動揺を隠せない。

亜矢:え、あ、はい、はじめまして

などと焦っているのがありありと分かる文章が打ち込まれると、「かわいい~」という歓声がパソコンルーム中に響き渡った。

亜矢:えっと、みなさんはお知り合い?

あまりにタイミング良く入室してきたためか、亜矢ちゃんは僕ら3人が知り合いでないかとクリティカルに見抜いた。しかしながら、何故か「知り合いだと思われたらひかれてしまう、亜矢ちゃんが逃げてしまう」と訳のわからない危機感を募らせた僕らは、

パトリシア:全然、知り合いじゃないよー
シュガー:まあ、よくこのチャットであったりするけどね
シール:チャットではよく会うけどね、まあ、常連仲間?

と、ものすごいチームワークの良さで否定していた。

さて、これで僕らは仲間であることを否定してしまった。ここからは見ず知らずの人みたいな風味で会話を続けなくてはならない。こんな、いつも一緒にパチンコ行って飲んだ暮れている連中と何を話せばいいんだ、と一触即発、だれもが動こうにも動き出せない三すくみの状態でジリジリしていると

亜矢:三人はどんなお仕事してるの?どこに住んでる?

と、彼女の方から質問が飛んできた。

これに一瞬で反応したのがシールこと大塚君。

シール:俺は東京でブティックを経営してる

どのツラ下げて「ブティック」とか言ってるのか定かではありませんが、完全に嘘8000。それを見ていたシュガーこと佐藤君が「なんでもいいんだ」と呟きながら

シュガー:俺は医学部の学生。北海道に住んでるよ

と、またも嘘てんこ盛りのことを言い出しやがった。あまりに嘘過ぎて心が痛くなった僕は

パトリシア:広島で大学生やってるよ

と至極本当のことを伝えた。

シュガー:亜矢ちゃんはどこ住んでるの?仕事は何してるの?

場が暖まってきたところで佐藤君が特攻隊の如き勇ましさで切り込む。パソコンルーム内の温度がにわかに上がったの感じた。

亜矢:えっとね、神戸に住んでるよ

コレを受けて佐藤君が「神戸かー、かわいい」と意味不明なことをチャット上じゃなくてパソコンの前でわめいていたのだけど気にしない。そして亜矢ちゃんは職業の話をしだした。勝手にOLかなんかだろうと推測していたのですが、ここで告げられた亜矢ちゃんの職業は驚愕の一言。

亜矢:仕事はね、占い師をしてるよー

はて?占い師?

この発言を受け、先ほどまで季節ごとの祭りのように騒がしかったパソコンルーム内も水を打ったように静寂に包まれ、パソコンのファンのブーンという音だけが空しく響いていた。

「どういうことだよ、占い師って、雨乞いとかするのかよ」

動揺して僕に話しかけてくるシュガーじゃないや佐藤君。どうやら彼は占い師を祈祷師か占星術師みたいなものと思ってるらしい。邪馬台国みたいなもんだと思ってたみたい。こいつはバカか。

亜矢:なんなら、みんな占ってあげようか?生年月日とか教えてよ。

僕らの理想の中でのシュガーチャットでは、かわいくて少し奥手で、ネットを介在した恋愛に興味ある女の子がやってきて、もちろん広島在住で巨乳、性にも興味津々みたいなのを待望していたのですが、いきなり謎の占い師の出現にタジタジ。どうしていいのか分からず固まっていたのですが、そこは切り込み隊長シール君。猛将の如き勇ましさで

シール:生年月日は1976年10月8日だよ

と嘘偽りない素の生年月日を答えてました。たぶん、当時21歳だったと思うのですけど、素の生年月日を答えたらやっぱり21歳になるわけで、シール君は前段で「ブティック経営」とか嘘8000なこといってたわけで、21歳でブティック経営とかどんな敏腕実業家だよと思うのですが、亜矢ちゃんの占いが始まります。

亜矢:あれだよね、シール君はけっこう堅実なところがあるからたまには勝負に出る方がいいかも。経営の方は今のままで大丈夫。

とか、すげー無難な、無難すぎて逆にビックリする占い結果をのたまってました。そんなの誰にでも当てはまる。おまけに経営とか、ただ単に「ブティック経営」って言ったのを受けて言ってるだけですからね。そんなの僕でも言える。っていうか、本物は普通に留年の危機にある大学生なのですが、凄腕の占い師ならそれくらい瞬時に見抜いて欲しいものです。

シール:すげー当たってる

と、全然当たってないのにそう発言するシール君。もはや彼はなんでもいいらしい。

まあ、その後も色々と占ってもらい、占いが当たる当たらない以前に誰にでも当てはまりそうなことを熱弁されて辟易としてしまったのでした。

とにかく、亜矢ちゃんは占いとかさえ言い出さなきゃ非常にいい娘で性格もかわいらしいしで瞬く間に僕らの中でのアイドルみたいなものになってしまいまして、連日亜矢ちゃんを交えてチャット大会ですよ。もう、シール君なんてゾッコンで「亜矢ちゃんと結婚したい」と言い出すまでに至ってました。

そんな折、いつものように僕とシュガー君、シール君と亜矢ちゃんとで心のオアシスシュガーチャットにて楽しげに談笑していた日のことでした。

亜矢:みんな楽しいなあー、会ってみたいよ。会ったらもっと楽しいんだろうな

亜矢ちゃんのこのセリフにシール君が大発奮。パソコンの影になっていて姿こそは見えませんでしたが、荒ぶる息遣いがこちらに聞こえるくらいまでハッスルしていました。

シール:じゃあさ、会ってみようよ、みんな神戸に行くからさ

おいおい、勝手に何を言ってるんだと思うのですが、チャット内では実際に会うことに向けて機運が高まっている様子。シュガー君もまんざらではない感じなので、何故か亜矢ちゃんに会うためだけに僕らは神戸に行く羽目に。おまけに最初についた嘘を貫き通さねばなりませんので、一緒に吉野家で夕食を食べるくらい親密な仲なのに他人のフリをしなくてはならない、というどう考えても重い雰囲気になるであろうことは想像に易い。

とにかく、シュガーチャットにおける会おうムーブメントは止まるところ知らず、もはや僕如きの力ではどうしようもない大きなうねりに。結果、死ぬほど面倒なのですが3人で神戸まで行くことになったのでした。亜矢ちゃんに会いに。

さて、出発当日。早朝に大学に集合してそのまま僕の車で神戸まで一気に行くことになっていました。高速代とガソリン代は割り勘でってことになってたのですが、どうやらシール君はその代金すら持っていなかったらしく、自宅のゲーム機を中古屋に売って金を作ってきたようです。とんだブティック経営もいたもんだぜ。

「あー、亜矢ちゃんどんな娘なんだろ、カワイイに違いない」

「シール君、占いによるとアナタと私は相性最高だわ、結婚して、とか言われたらどうしよー!むひょー!」

って一人大騒ぎするシール君の顔はブサイクで、どうしようもない不快な気持ちになりつつ一路、神戸へと向かったのでした。シュガー君はずっと寝てた。

さて、神戸に到着したのですが、ここからが問題です。設定上は僕が広島在住でシール君が東京在住、シュガー君がなんと北海道在住ということになってますから、死ぬほど離れた地区に住んでるはずの僕らが雁首揃えて待ち合わせ場所に佇むのは変です。とにかく離れて待機し、続々と後から合流する形をとったほうが自然だ、という結論に至りました。

で、設定上は一番近い所から来ることになっている僕が待ち合わせ場所に佇むことに。ボケーッと待機していると、後ろの方から

「あのーシュガーチャットの方ですか」

とか話しかけられました。どっからどう聞いてもl女性の声で、亜矢ちゃんが来たんだと瞬時に思いました。でまあ、僕もやっぱり年頃の男の子ですから、下心ありありで、生涯において3番目くらいに男前であろう満面のグッドスマイルで振り向くと、そこには驚愕の事実、真実と言う名の残酷な現実がポッカリと口を開けて待ち構えていたのです。

いやね、蛇がいるんですよ。あまり人の、それも女性の容姿をとやかく言うのは良くないと分かってるのですが、それでも言わずにいられないというか、言うしかないというか、とにかくとんでもない亜矢がそこにいるんですよ。

呪いで大蛇の姿に変えられた人っていう表現がピッタリ来る女性で、目の下なんてクマが物凄い。歌舞伎なんかでよくあるそういうメイク?みたいな感じでクッキリとしたクマがあついてるんですよ。おまけに服も凄くて、とてもじゃないが日常生活では着ないような真っ白な、入院患者みたいなの着てるんですよ。

「はじめまして、亜矢です」

という彼女の口から二又に分かれた舌がチロチロと出ていても全く驚かないのですが、そうとは知らずにシール君が近づいてきます。まるで今東京から到着したぜって雰囲気を大根役者ヨロシクで醸し出して近寄ってくるのですが

「あー、もしかして、シュガーチャットの人ですか?まいったよー新幹線が混んでて。始めまして、シールです」

とか、「新幹線が混んでた」というエッセンスまで盛り込んでくれたのですが、あいにく、面識ないのに何の疑いも持たずにどまっすぐにこちらに近づいてくる時点で怪しいです。

しかも、かなり亜矢ちゃんに期待を抱いていたのはシール君ですから、今にもチロチロと舌を出しそうなヤマタノオロチみたいな亜矢ちゃんをみて大変落胆しておりました。そりゃね、誰だって始めて会う人とかに落胆することとか落胆されることって多々あると思いますけど、そんな丸分かりなのは良くない、と思わざるを得ないほど目に見えて落胆しておりました。早い話、膝から崩れ落ちそうになってた。さすがにそれは落胆しすぎ。

「どうもはじめましてー、シュガーです」

同様にシュガー君も三文芝居でやってくるのですが、同様に落胆を隠せない様子。気持ちは分かりますが、シュガー君も落胆しすぎ。

「では、揃ったみたいですし行きましょうか」

こうして、蛇みたいな亜矢ちゃんと、落胆を隠せないズッコケ3人組、しかも3人は鬼のように仲良しグループなのに、他人のフリをするというオマケつきで異様な雰囲気の中で移動が始まりました。なんでも喫茶店みたいな場所に移動して談笑するみたいなのですが、その道中の重い空気が嫌過ぎる。

「それはオレンジですか?」

「いいえ、夏みかんですよ」

初対面であることをアピールするために意味不明な会話を交わす僕とシュガー君。その横を落胆のあまりまともに歩けないシール君と3人が列になった状態でその前を大蛇が這っていきます。もちろん、それ以外に会話はなく、待ち合わせから5分にして早くも帰りたくて仕方ありませんでした。

で、なんとか喫茶店に到着したのですが、席についてコーヒーを注文してからが凄かった。もう誰も喋らない。ただただ漠然とした沈黙。とにかく沈黙。ただただ沈黙。シュガー君はシュガーなのに砂糖入れないのか、とかそんなこと考えてしまうくらい沈黙。

誰か何か喋ればいいのにって思うかもしれませんが、大蛇がテーブルにタロットみたいなの並べてですね、シュッシュと配ったり回収したりして僕らの顔をマジマジと見る、みたいなことを繰り返したんですよ。この雰囲気の中で「神戸はいいところですなー」なんて喋る豪気さなんて僕にはないよ。

しばらく、重苦しい沈黙とタロットカードが宙を舞う音だけが喫茶店内に蔓延しており、僕ら三人の誰もが「何しに来たんだろう、僕ら」とか「チャットでのかわいく明るく快活な亜矢ちゃんを返せ!」とか「本気で家に帰りたい」とか思い始めたその瞬間でした。静寂を突き破るかのように

ピピピピピピピ

と電子音がなったのです。当時、携帯電話なんてあまり普及してなくて、あったとしても今みたいに洗練されたものではなく、着メロなんて皆無、無骨な着信だけだったのです。で、おそらく携帯の着信音であろう音が響き渡り、もちろん、僕ら3人は携帯電話なんて持ってなかったので、間違いなく大蛇の携帯電話なのですが、ガバッとか大蛇が携帯に出ると、とんでもない剣幕で喋り始めたのです。

「ちょっと、まだ来ないの?うん、そうそう、○○通りの喫茶店。もう揃ってるから。うん、うん、え?なに?来れない?はあ?」

とか、二又の舌をチロチロ出して怒ってるんです。オマケに何か言い争いになってるらしく、大変な剣幕。挙句の果てには

「もういいよ!テメーなんか地獄に落ちろ!」

とか怒鳴ったかと思うと、バキッとカナディアンバックブリーカーみたいにして携帯電話をヘシ折りやがったのです。いやね、そのバイオレンスさも余程ですが、そのパワーにビックリですよ。だって、当時って今みたいに二つ折りの携帯が主流じゃないですからね。普通にでかいビデオのリモコンみたいな携帯電話、それをいとも簡単にへし折りやがったのです。どんだけパワフルなんですか。まるで暴力しかコミュニケーション手段を知らない悲しき戦士のようじゃないですか。

でまあ、恥ずかしながら僕ら3人、ブルっちゃいましてね。そりゃあ、快活なお嬢さんがやってくると期待していたら、ずっとタロット触ってる大蛇、しかも何を怒ってるか知りませんけど携帯クラッシャーですよ。

とにかく怖くて怖くて、早く帰りたくて仕方なかったんですけど、帰るとか言い出したら次々と携帯電話のようにへし折られる気概がビンビンに伝わってきたので、ただただ黙ってテーブル上に配置されるタロットカードだけを見守っていました。

「やはり、良くない何かが近づいてる・・・時間がない・・・」

カードを配る手を止めてポツリと呟く大蛇。もうお腹いっぱいなのですが、これ以上何かがあるようです。

「聞いてください。今、この世界には悪しき者が近づいてきています」

そんなこと突然言われても僕らは「はぁ」としか答えられないのですが、とにかく彼女は続けます。

「4年前からその兆候に気付いた私は、急いで戦士を集めることにしました。そう、前世で一緒に私と戦った4人の戦士を探すことにしたのです」

この時点でやっと気付きましたよ。ああ、この人狂ってるんだって。モノホンに狂ってるんだって。

ということは触らぬ神に祟りなし、触らぬキチガイになんとやら、一刻も早く逃亡する手段を考えないといけませんな、などと思ってたら、大蛇はよく分からない横文字を呼びながら僕ら一人一人を指差し

「マチュペル」(僕)

「シュレット」(シュガー君)

「キュリー」(シール君)

「私たちは前世で共に戦った仲間です」

とか、一発で病院送りにされてもおかしくない事を言い出すじゃないですか。いやいや、なんでシール君だけ実在する人っぽい名前やねん。っていうか夫人じゃねえか。

「あいにく、今日来るはずだったミラッテは・・・すでに悪しき者に取り込まれてしまいました。私たち4人で戦うしかありません・・・」

ああ、さっき電話で怒鳴られてた人か、そりゃあこんなこと言われたら来る気もしないわな、と思いつつ、どうやら僕らは前世でも共に戦った戦士らしいので、頑張って悪を倒そうと決意。頑張って占い師様をお守りしますぞって思ったのでした。覚悟しろ!悪の大魔王!んなわけねえだろ、バカ。

とにかく、一刻も早く逃げねばならない。僕だけ逃げるならまだしも、シュレットとキュリーも伴って逃げねばならない。しかしながら、先ほどの激昂ぶりを見るに、どうやら普通には逃げられそうにない。

「やーん、もう、みんな酷いんだから」「そんなことないよー」「イジワル」「なんかさあ、みんなチャットと変わらないよね、イジワルばっかりするう」「アハハハハ」「さあ、焼き鳥でも食いにいこう」みたいな想像していた亜矢ちゃんとの理想的会話だけが空しく頭の中にリフレインします。それが今や前世の戦士とか言われてますからね。誰と戦うんだよ。

「あのさ、どうして僕らが前世で共に戦った戦士だってわかったわけ?」

なんとか脱出する糸口を掴もうと探りを入れてみます。

「それはこの、私の占いで探しました。脅威が迫ってると感じた私は占いを始めました。そして導かれし前世の戦士を探したのです。一人は、商売を営む東の人、一人は医療を志す北の人、そして、西で学問を志すもの、その彼らが何も知らず、小さな部屋に集って会話をしていると出たのです」

なんてこったい。もしかしてこの人は僕らが適当に言った東京在住ブティック経営、北海道在住医学生、広島在住大学生を受けてこんなこと言ってるのだろうか。で、小さな部屋で会話ってシュガーチャットのことか。

「初めてチャットであった時、この人たちだって思いました。前世であの激闘を戦い抜いた同志たちだと確信しました」

まあ、掛け値なしで狂ってるんですけど、もし本当に占いでそう出たなら僕以外のプロフィールはメチャクチャなので、たぶんきっと前世の戦士は別にいるんだと思います。

「共に戦いましょう!忌々しき悪のルシフェルを倒すためにィィィィィィ!」

誰だよ、ルシフェルって。

とにかく、大蛇が白目剥いちゃってあらゆる意味で非常に危険な状態なので、こいつはイカンと思っていたら、なんか別のテーブルに座っていたはずの屈強な男性二人が出てきやがりまして

「落ち着いてください」

みたいな感じで大蛇を落ち着かせてました。どうやら、最初から配置されていた大蛇の仲間みたいです。で、大蛇は以前興奮していてハフーハフーみたいな状態になっているのですが、屈強な男性仲間が

「おわかりいただけたでしょう?とりあえず、一緒に戦うために○○会に入会していただきませんか?」

と怪しげな団体に勧誘され始めたのでした。なんか、変な契約書みたいなのも用意されてるし、コイツはひでー勧誘だ、前世がどうとか占いがどうとかなら狂ってる人だと笑い話にもなるのですが、勧誘となると頂けません。ここは毅然と断りつつ、なおかつ相手の神経を逆撫でないようにしなくてはなりません。

「あのーせっかく、前世の戦士として選ばれ、もちろん悪のルシフェルも倒さないといけないと思うのですが、その、たぶん占い結果が間違ってますよ。僕らはもともと同じ大学の仲間です。ブティック経営とか北海道在住とか、適当についた嘘です。ですから、僕らはきっと前世の戦士ではありません。きっと、ルシフェルとの戦いの役には立ちません。すぎに殺されます」

と、相手を刺激しないように精一杯の譲歩をみせて断ると、思いっきり大蛇を刺激してしまったらしく

「キエーーーーーーーーーーーーーーー!」

とか取り乱して屈強な男2人に抑え付けられてました。おーこえー。

ここが臨界点だと判断した僕らは、日本代表ばりのアイコンタクトで通じ合うと、一目散に喫茶店から逃げ出したのでした。シール君なんて、逃げる時に大蛇に捕まりそうになってたからタロットカードを手裏剣みたいに投げてた。

なんとか逃げ切ったらしく、車に乗り込んで、「怖かったねー」「とんだインチキ占い師だ」などと会話しつつ、やっぱり占いなんか信じるもんか、と堅く誓った前世の戦士三人なのでした。

高速に乗ってカーラジオをつけると、占いをやっていて

「今日の牡牛座は大ラッキー、ラッキーカラーはホワイト、蛇を見れたら運気アップかも」

みたいなことを言ってました。それを受けてシール君が

「あ、牡牛座俺だ。全然ラッキーじゃねえよ」

と悪態をつきつつ、家路に着くのでした。

「でもさあ、俺達はプロフィールめちゃくちゃだったから前世の戦士じゃないけど、お前はプロフィール嘘じゃないから、前世の戦士だよな。頑張れよ、マチュベル」

とシュガー君が僕に言うので、車を運転しつつ、いかにして大魔王ルシフェルを倒すか闘志を燃やすのでした。本日のラッキーカラーはブルー。三国志占いは劉備です。

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