「アイドルってなんなんだろうなあ」宮沢りえの「サンタフェ」に想いを馳せた中学時代

「アイドルってなんなんだろうなあ」宮沢りえの「サンタフェ」に想いを馳せた中学時代

Date: 2015/03/05

痛ドル総選挙でMCを務めるpatoと申します。

参加アイドルたちが交代でブログを書くという企画の話を聞き、軽い気持ちで、冗談のつもりで「俺も書くよ」と言ったところ、いつのまにか本当に書くことになってました。

そもそも出演アイドルでもないのに場違いなこと甚だしいのですが、与えられたお題すらも無視して、淡々とアイドルのことを書いていこうかと思います。文章を書くことは苦手で、あまり書いたことないですが頑張って書きたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。


「アイドルってなんなんだろうなあ」

久保田くんはそう言って笑った。確かに笑っていたのだ。

1990年、僕らは中学生だった。世間ではバブル経済が崩壊し、「おやじギャル」や「成田離婚」なんて言葉が流行語に選ばれる時代にあって、アイドル界の方を見てみると、後に「3M」と呼ばれる宮沢りえ、牧瀬里穂、観月ありさが台頭する時代だった。

その頃の中学生といえば、携帯電話もインターネットも一般には普及していない時代で、得る情報の多くはテレビか雑誌からもたらされるもの。今以上に趣味趣向が画一的なものだった。テレビが白というものは白、雑誌に書いてあるから本当、今でもそんな側面はあるが、当時はもっとすごかった。

多くの中学生男子が、BOOWYやBUCK-TICKといったロックバンドに夢中になる中、僕はなぜか女性アイドルに夢中だったのだ。

今でこそアイドルのファンであるという行為は市民権を得ていて、やれAKBだやれモモクロだ、と平然と公言できるが、当時はなかなかに異端で、さらにはあらゆる面で多感な中学生男子、カワイイ女の子に興味はあるんだけどそれを表に出してはいけないような、硬派でなくてはならないような暗黙の了解がそこにあった。

その最たる例がサンタフェで、当時トップアイドルをひた走っていた宮沢りえがなんの前触れもなく突如としてヘアヌード写真集を発売したのだ。完全に狂ったかと思うほどの突如のタイミングで、宮沢りえが狂ったのかは定かではないけど、当時の男子中学生は確実に狂った。

これはもう1ミリの隙もない当たり前の話で、性的に多感な年代、トップアイドル、ヘアヌード、これらのワードの組み合わせだけで小さな村の電力を賄えるくらいの発電ができてもおかしくないくらいのエネルギーとポテンシャルを秘めていた。よく分からないババアのヌードが載ってるエロ本を港で拾っても宝物になるのに、トップアイドルのヌードだ、完全に想像を絶する。

そりゃもうみんな教師ビンビン物語で絶対に見たいし手に入れたい、それを使ってあんなことやこんなことに応用したいと強く願ったのだけど、前述したとおり、当時の田舎中学生男子はニヒルで硬派でロックバンドに傾倒している必要があった。ついでに言うと自転車の後ろの車輪軸にハブステップという棒をつける必要もあった。

それに4500円という定価もネックだった。中学生にとって4500円は完全に過ぎる大金であったし、まあお年玉などを総動員すれば出せない金額ではないかもしれないけど、そこまでの大金をアイドルのヘアヌード写真集にブチ込む、ということ自体が完全に異教徒であるという空気が形成されていた。

そんな状況にあってどの中学生も興味はある、とにかく欲しい、ヘアを見たい、なのに硬派な自分を守らねばならない、などと購入に踏み切れないという緊迫した状況だった。誰しも自分で形成した仮面で本当の顔を覆って生きていかねばならないのだ。

けれども、僕にはそんな仮面が存在しなかった。いや存在したのかもしれないけど、それは他の男子たちとは確実に違っていた。硬派でニヒルな仮面が鉄仮面のようなものだとすれば、僕が装備していたのは天狗のお面、反り立つ男性器のような鼻を持つ真っ赤な天狗のお面だ。僕は性器に正直だった。

サンタフェの発売が発表されるや否や、地元の小さな本屋さんに飛び込んだ。この小さな町の本屋は本当に小さな本屋で、死にかけの爺さんが一人店番をしていた。

「サンタフェを予約したいです」

レジなのか爺さんの将棋台なのかよく分からない台の前に立ちそう告げる。僕には自負があった。この田舎町、流行に鈍感なクソみたいな田舎町で一番最初にサンタフェを予約した男、それは他でもない僕であろうという自負があった。絶対に誰にも負けない。

「ほえ、サンタ?」

爺さんには難しい聞き取りだった。僕は少しイライラしてしまって、強い口調で言った。

「数字の「サン」!」

「サン」

「田んぼの「タ」!」

「タ」

「フェニックスの「フェ」」

「フェ?」

フェニックスと口にする自分がとても高貴な存在に思えた。そう僕はフェニックス。
何度でも蘇ってヘアヌード写真集を予約するんだ。

「サンタフェ!」

「サンタメ!」

こりゃダメだ、予約できないわ。できたとしても別の変な本がくるに違いない、そう思った瞬間だった。レジの片隅にサンタフェのチラシが置いてあったのだ。宮沢りえがこちらを見ながら優しく微笑み、デカデカとサンタフェと書かれた紙、「予約受付中」という頼もしい言葉まで書かれている。その紙が台の上に鎮座しておられた。これで予約できる。まさにフェニックス。

「これを予約したいんです!」

チラシを手に取りそう告げる。爺さんはそれをマジマジと見つめるとこう言った。

「ああ、これか。君で二人目だよ」

あまりの衝撃に脳天をカチ割られた思いがした。こんな田舎町で即座にサンタフェを予約しようなんて人間が僕以外にもう一人いる。しかも僕より行動が早い。完全に只者じゃない動きだ。

「しかも、また中学生だ」

僕らは中学のジャージを日常ファッションとして用いていたので、爺さんといえども見極めは簡単だった。中学生が平然とヘアヌード写真集を予約できた時代ってのも恐ろしいものがあるけど、それ以前に、僕より素早かったその男が同じ中学生であったことに衝撃を覚えた。男は僕より素早く、さらに僕より立派な天狗の仮面をつけている。

「じゃあこれに名前を書いてくれや」

爺さんはピンク色の予約票みたいな紙を手渡してきた。紙には爺さんの手書きの字で

「予約 サンタメ」

と書かれていた。本当に宮沢りえのヘアヌード写真集が予約できるのか不安になる予約票なんだけど、そのままデカデカと筆ペンで自分の名前を書いた。

爺さんはその紙を厳かにレジ後ろの棚みたいな場所に貼り付ける。この本屋を、レジを訪れる人全てに見える位置に「サンタメを予約した人」として実名を貼り出される。完全に晒し者だ。横には同じようにピンクの紙が貼られている。僕より早く本能に忠実にサンタフェを予約したスーパー中学生、その存在が明らかになった。

「サンタネ 久保田」

そう書かれていた。あの久保田だ!

誇らしく掲げられたピンク色の予約票に「久保田」の文字。僕は昔のことを思い出し始めていた。

久保田くんは同じ中学で同じ学年、隣のクラスに在籍する大人しめの男だった。何のとりとめもない男に思えたが、入学して最初の全校集会で行われた抜き打ち持ち物検査で「アイドル写真塾」という雑誌を懐に忍ばせていたのが発覚し、体育教師に晒し上げられ一気にスターダムにのし上がった男だ。

なぜあんな比較的大きな雑誌を懐に忍ばせていたのか意味不明だし、それを中学に、ましてや全校集会に持ってくる意味も理解できない。興味を持った僕はその久保田くんに近づき、なぜそんなことをしたのか問いかけたが、「銃で撃たれた時に内臓を守るため」という、完全に脳の回路が焼け焦げたみたいな回答しか返ってこなかった。写真塾では銃弾は防げない。

一気に久保田くんに心酔した僕は、そこからも何度も何度も、廊下ですれ違うたびにアイドルの話をかわした。二人が打ち解けるのに時間は必要なかった。何かを好きになり夢中になることは幸せなことだ。けれどもそれを分かち合い共有する仲間ができることはもっと幸せなことなのだ。

ある日のこと、休憩時間に談笑し、そこれこそやれBOOWYだとかのロックバンドの話題で盛り上がるクラスメイトの傍らで、僕は机に突っ伏して寝たふりを決め込んでいた。

「大変だ!大変だ!」

そこに久保田が駆け込んできた。

「写真塾がきやがった」

一気にクラス中の雰囲気はそんな言葉に包まれていた。そんなのお構いなしに僕の席に近づいている久保田。開口一番、こう口にした。

「とんでもないニュースが二つある。どっちから聞きたい?」

どっちが何なのか全然分からない状態でどっちが聞きたいとか言われても完全に意味不明なのだけど、そんなものをいちいち指摘していたら久保田くんとの会話は成り立たない。

「じゃあ前者の方から」

「OK、わかった」

適当に返答すると久保田くんは得意げな顔で話し始めた。

「今度、発売される工藤静香の新曲がすごいらしい。俺昨日、本屋で予約してきたんだけど、凄まじかった」

久保田くんは少し興奮気味だった。

当時は、今のようにアーティストやアイドルがポンポンと新曲を出す時代ではなく、一つ一つの新曲に重みがあった。ファンたちはそれを待ちわびていたし、いざ発売されるとなるとそりゃもう、お祭り騒ぎに近いものがあった。

「すごいってどうすごいの?」

率直な疑問をぶつける。久保田くんは間髪を入れずに返してきた。

「なんでもタイトルが「くちびるから座薬」っていうらしい!すごいだろ!」

「お、おう......」

完全に薬の服用方法を間違ってるんだけど、僕にはそれ以上言うことがなかった。

「で、もうひとつのニュースは?」

話を変えるように切り出す。さらに興奮し、口を尖らせて、それこそくちびるから座薬入れる時ってこうなるんちゃうかなって表情で話し始めた。

「あの「や○い」にアイドルがライブをしにやってくるらしい」

「な、なんだってーー!」

これは本当にビッグニュースだった。

僕らが住んでいた田舎町の中心には「や○い」というショッピングセンターが君臨していた。今でこそショッピングセンターといえば、やれイオンだとかららぽーとだとか、巨大で便利な複合商業施設を想像するかもしれないが、当時の田舎町にそんなものは存在しない。

スーパーに毛が生えたような存在、というか毛すら生えてないのかもしれないけど、ただ普通のスーパーにちょっと服飾とかおもちゃとか売るコーナーがあって、ちょっとご飯を食べるコーナーがついてる、みたいなものだった。

そんなものでも田舎町には最高に都会的な存在で、買い物といえば「や○い」だし、家族でご飯でも「や○い」、中高生がデートするのも「や○い」とまあ、商業的に中心なのはもちろんのこと、住民の心の中心でもあった。

そんな「や○い」にアイドルがやって来る。中心商業施設のくせにイベントごとには無頓着で、バレンタインデー前にちょっとチョココーナーが増えるくらいで、クリスマスなんて面倒なのかもう正月の門松を飾りはじめてお茶を濁してるような「や○い」、そこにアイドルがやってくるのだ。

「そいつはとんでもねえな、いよいよ我々の出番というわけですな」

僕らはよく分からない使命感に燃えていた。

田舎町に育った僕らにとって「アイドル」とはブラウン管の向こうの存在、雑誌の中の存在だった。この辺のニュアンスは難しいのだけど、この世に存在しない人と言われてもなんとなく納得してしまうような奇妙な存在だった。そんなアイドルが「や○い」にくる、現実世界にやってくる。それは色々なものを超越して、まさに次元を超えてやってくるような感覚があった。

それこそ、現代では握手会だとかライブだとか、そういったものが数多く開催され、交通手段の発達や高度情報化社会の発達が、アイドルを現実世界のものへとしてくれたような気がする。身近になったアイドルはそれはそれで魅力なのだけど、それ以上に弊害も大きいような気がする。

「や○い」にアイドルがやってくる。それはとてもエキサイティングなことなのだけど、それ以上に心配なことがあった。果たしてこの街の住民がアイドルを受け入れるのかということだ。

前述したとおり、ひなびた漁村だ。誰もがアイドルとは無縁の場所で生活している。下手したら客が僕と久保田くんだけ、なんてこともありえるのだ。そうなるともちろんアイドルも傷ついてしまうし、「や○い」サイドも集客に繋がらないなら呼ぶのをやめよう、なんてことになるかもしれない。結果として「この街にアイドルを呼ぶことは無駄だった」そうなってはいけないのだ。

「とにかく、や○いに行ってみよう」

今は情報が少なすぎる。とにかく「や○い」に行ってあらゆる情報を入手しなくてはならない。僕らははやる気持ちをグッと堪えて授業が終わるのを待ち、放課後になるとロケットのように自転車を走らせて「や○い」に向かった。

「や○い」の正面玄関を入った場所には靴売り場があったのだけど、その横の大きな柱にデカデカとポスターが貼られていた。

青を基調とした手作り感満載のポスターには、デカデカと1週間後の日時と相撲取りみたいなフォントで煽り文句が書かれていた。

「や○いにアイドル来店!」

実際に文字にしてみると僕らの胸は踊った。

「ほんとにくるんだなあ」

「ああ」

ポスターには一週間後の日時と、アイドルのシルエットが描かれていたのだけど、当然のごとく僕らの興味の中心はこのアイドルが誰なのかという部分になっていた。

普通に考えて、このポスターはや○いの社員の手作りの訳で、シルエットも適当に描いたかどこかからコピーしてきたものだろうに、僕らはこのシルエットが誰なのか議論し始めた。

「この髪型は後藤久美子かもしれない」

「いやいや、後藤久美子は顎のラインが違う」

「でもそれは角度の問題で」

「そもそもゴクミはこんなポーズをとらない」

「いいや、とるね」

「おまえはゴクミの何をわかってるんだ!」

「少なくともお前よりはゴクミを理解している」

「俺のほうがゴクミを理解している」

不毛とはまさにこの状況を表現するためにある言葉なのかもしれない。社員が適当に作ったシルエットの前で掴み合いの喧嘩寸前になる中学生。僕も久保田くんも決定的にバカだった。

結局、数時間におよぶ議論の末、この肩から首にかけての角度、肩のイカリっぽい感じは観月ありさであろうということで決着した。二人とも、当初の懸念事項であった「果たして集客効果があるのか」という心配も「観月ありさなら大丈夫だろう」という安堵に変わり、それと同時に「観月ありさですら集客できなかったらどうしよう、東京から呼んで費用対効果は適切なのか」などという、とてもじゃないが一介の中学生が心配する必要ないことばかり考えていた。

いよいよアイドルがやってくる日が到来した。

その日は土曜日で、まだ週休二日なんて導入されていなくて午前中は普通に学校で授業があった。もう、気もそぞろで授業を受け、アイドルが到来する午後3時を待った。授業が終わると一目散に家に帰り、用意されていたチャーハンを食べた。なぜか半ドンの日の昼飯はいつもチャーハンだ。

僕と久保田くんは、1時半に地元の駄菓子屋の前で待ち合わせをしていた。そこから自転車で15分くらいかけて「や○い」に行き、最前列を陣取って盛り立てる。もう心の中では観月ありさが「君たちのおかげで私は救われたわよ、ありがとうね」とか言って僕らに感謝して涙を流し、その横でマネージャーっぽい人も頭を下げてる、みたいな光景しか浮かんでこなかった。

そういった気持ちが僕の気持ちをさらにはやらせのか、一時半の待ち合わせであるのに一時には駄菓子屋の前にスタンバイしていた。さすがに早すぎるので、ベビースターでも食べて待つかと店に入ると、駄菓子屋のババアが話しかけてきた。

「楽しそうな顔して何があったんだい」

「わかるかい?」

完全にテンションの上がっていた僕は、どういう立ち位置だよって返答をしていた。中学生が「わかるかい?」じゃねーよ。

「今日はや○いにアイドルがやってくるんだ!これから久保田と行く」

「や○い」という単語に一瞬、ババアの表情が曇った。おそらく同じ小売業から見てや○いは商売敵、とてもじゃないが許せる相手ではないのだろう。皺だらけの顔をさらに歪めて険しい表情になった。それでもすぐに優しい表情になって、

「アイドル?そりゃよかったねー、お金はいいからガム持っていきな!」

僕らは優しさに包まれて生きている。そう実感した。すぐに棚から、四つの玉みたいなガムが入ってるミカン味のガムを手に取り、久保田くんの到着を待った。

店の前で待っていると、どんどんと気持ちが昂ぶってきて緊張感が増してくる。ババアからもらったガムで口の中を潤しても、すぐに乾いてカラカラになってしまう。それほどの緊張感だった。僕は昔からそうなのだけど、緊張感が高まるとすごくお腹が痛くなる。この時も例外ではなく、すぐに腹痛と便意が襲ってきた。

これは昔も現代も変わらないのだけど、アイドルに会う際に絶対にやってはならないことがある。そう、それはウンコを漏らすという行為だ。これはもう、アイドルの前では絶対にやらないほうがいい。老婆心ながら忠告させてもらうけど、ほんとうにしないほうがいい。

このままでは観月ありさの前でウンコを漏らしてしまう、さすがにそれはトゥーシャイシャイボーイでは許されないので、なんとしても避けなければならない。脳細胞をフル稼働させて導き出した答えは、ババアにトイレを借りる、だった。

とてもじゃないが我慢できない。よしんば「や○い」まで我慢できたとしても、ウンコをしてすぐにアイドルというのは残り香的な問題で好ましくない。さらにアイドル直前にウンコをすることでアイドルとウンコの境界線が曖昧になり、アイドルの前で脱糞という事態もないわけではない。ここは余裕を持ってここでウンコをするに限る。

「トイレかしてくれ」

「あいよ」

再度店に入ると、ババアは快く許可してくれた。ババアの駄菓子屋は広い土間みたいな場所が店舗になっており、その延長に続く寒々しいコンクリ通路の突き当たりにトイレがあった。おどろおどろしい雰囲気に意味不明な熊のオブジェが輝き、あの駄菓子屋でトイレすると動き出した熊のオブジェにババアが食われる、なんていう、ババア災難だなとしか言いようのない都市伝説が語り継がれているほどだった。

木製のカンヌキ錠を閉め、こんな脆弱な鍵に果たして意味があるのだろうか。特殊部隊が突入してきて蹴破られたら鍵の意味を成さない。これは強固に閉ざすための鍵ではなく、何らかの間違いで開けられてしまうのを防ぐための鍵なのだ。言うなればワビサビの世界。同じ鍵であっても二つの意味あいがあるってのは面白い。なんてことを考えていたら、ちょっとダイレクトワードは読者の方に不快な思いをさせてしまいますので避けて、遠まわしな言い方しますけど、すっかり排泄物というか、体の中に溜まっていた半固形の茶色い、といっても一部黒くてコーンが混じっているものを大きな円筒状のものが一つ、小さな球状のものを約7つ出したわけなのです。

「すっきりしたぜ」

満足気な表情でトイレから出ると、そこから駄菓子屋の入り口付近が見えました。見覚えのある後姿。どう見ても久保田くんの後ろ姿に違いありません。あのバカ、やっと来やがったか、まあでもあいつが遅かったおかげで排泄物を出すことができたし良いかとか思っていたのですが、なにやら様子がおかしい。

なんかね、久保田くんの隣に明らかに異質な男がいて、そいつが馴れ馴れしく久保田くんの肩に手を組んでいるんです。後ろ姿なので表情を窺い知ることはできませんが、明らかに久保田君は嫌がっている様子。どうも隣の男、タチの悪い不良みたいなんです。

髪型とか完全に不良そのものですし、着ている制服も短ランにボンタン、チロチロと赤いシャツが見え隠れし、皆が想像する昭和の不良そのもののファッションなんです。なにより、ズボンの後ろポケットからは財布が見えてるんですけど、そこにはド太いチェーンがついててるんですよ。まるで魔犬ケルベロスをつなぎ止めておくためみたいな禍々しい鎖が見え隠れしているんですよ。これは完全にワルですよ。

そんなワルが久保田くんの肩に腕を回してなにやら囁いている。この光景を日本語ができない外国人の日本語のテストとして「これはどんな状況ですか?」として出題しても、7割くらいの人が「カツアゲ」って答えると思います。

これには僕も震えましてね。何に震えたって、怖くて震えたわけではないですよ。怒りに震えていたんです。こんなこと許していいはずがない。僕らは確かに弱い立場かも知れない。アイドルファンという立場かも知れない。ケンカも弱いかも知れない。けれども、だからといって食い物にしていいいわけないんです。もう怒りに震えましたよ。こんなこと許していいはずがない。

まあ、ちょっと怖くて震えていたんですけど、むしろけっこう怖くて震えていたというか、まあ、大部分が恐怖でしかなくて、むしろ怖さしかなくて、お恥ずかしい話、ここで颯爽と助けに行って不良と戦ってですね、もちろんボコボコにされるんですけど、諦めの悪いところを見せて倒されても倒されても立ち上がってきて、顔を腫らしながら「アイドルファンを舐めるな!」と大迫力、びびった不良が「わかった、俺の負けだ、許せ」とかなって僕も「ドラえもん、勝ったよ、ぼく。これで安心して未来に帰れるだろ」とかなったら最高にかっこいいし感動するんですけど、現実って結構そんなにうまくいかないというか、そんなに都合よくできてないというか、まあ、早い話、怖くて隠れちゃったんですね。

しばらく様子をみてたんですけど、やっぱ不良は久保田くんの肩を抱いたまま人気のない裏の公園まで行くわけですよ。本格的なカツアゲと本格的なバイオレンスに移行する気満々なわけなんですね。

さすがに僕もいくら人間のクズといえども久保田くんを見捨てるわけにはいかないですから、こっそりと後をつけて、公園内に作られていたコンクリ製の小高い山の影から様子を伺っていたんです。そしたらアンタ、久保田くんがものすごく不良に向かって叫んでるんですよ。僕はビビってかなり遠くにいたんで話している内容は分からなかったんですが、

「俺はこれからアイドルに会いにいく、お前は何に会いにいくんだ」

「俺から金は奪えてもアイドルは奪えない」

後から久保田くんに聞いた話では、そんなことを言ったそうです。すげえ、相変わらず意味がわからない。

これにはさすがに気味が悪かったのか、頭おかしいと思われたのか、ワルも鎖を揺さぶりながら脱兎のごとく退散しましてね。久保田くんは本当に言ってることとか意味わからないんだけど、アイドルにかける情熱だけは本物だ。僕もこいつのようになりたい、そう思ったものですよ。

「大丈夫だったか!久保田くん、ババアの店でウンコしてたら姿が見えないから心配したぞ!」

クズが今まさに気づいた、助けられなかったのは仕方がなかったとアピールしながら久保田君に近づきます。

「なんてことはない。遅れてすまなかったな。さあ、観月ありさに会いにいくぞ」

「おう!」

僕らは自転車を走らせた。港沿いの少し小高くなった堤防のヘリを自転車を走らせた。青い空に白い雲。遠くで海鳥が鳴いている。潮騒は僕らを優しく包み込み、波は寄せては返し僕らを見守っていた。まだまだ残る夏の匂い、この小さな港町に漂う匂いを僕らは一生忘れない。

そしてついに「や○い」に到達した。

「時間は!?何時?」

「もう3時!始まってる!」

「うおーーー!待ってろよ、観月ありさーーー!」

城門を破る戦国武将のごとき勇ましさで「や○い」のドアを開いた。

少し遅くなってしまった。けれどもさすが観月ありさの知名度だ。ステージを幾重にも客が取り巻き、熱狂の渦が形成されているに違いない。その中心で「この街のみなさんの暖かさが」とか観月ありさが気の利いたMCを披露しているに違いない。遅れてしまってその熱狂のるつぼに上手に入り込めるか、そんな嬉しい心配をしながら、「観月ありさー!」とか叫びながら特設会場に足を踏み入れた。その瞬間だった。

いや、なんですか、これ。

もうなんていうか、完全に意味がわからないというか、コンビニでエロ本買ったらレジで「温めますか?」って言われるくらい訳のわからない光景が広がっていたんだけど、整理して順を追って状況を説明すると、まず客がいなかった。たぶん、うちの爺さんの葬式の方が人が多かった。

少し小高く作られたステージには青いビニールシートが貼られていて、それに対峙するかのようにパイプ椅子が並べられていたのだけど、その数は40くらいあっただろうか、誰も座っていなかった。

まだ始まっていないのかと思いきや、ステージではアイドルが踊っていて、もちろんそれは観月ありさなんてビッグスターではなくて、見たことも聞いたこともないようなオバさんだった。すごいフリフリの衣装を着てるんだけど、今思うと、無課金ガチャを20回くらい回したら属性違いで5個は出てきそうな感じの味も素っ気もないブスだった。

「なんだよこれ......」

ついつい思いが言葉になって飛び出してしまった。

しかもブリブリの振り付けで、淡い恋心を歌ってるっぽいんだけど、その歌詞が凄まじくて
「この想いはコーラの泡みたいに消えてしまう儚いものなの。違うわ、私の思いはビールの泡」

みたいな、ビールの泡も消えるだろうよって突っ込むしかない意味不明な歌詞でもう完全に意味がわからなかった。この歌詞をすげえメロディアスに歌い上げてんの。これにはさすがに久保田くんも意気消沈してるだろうと思った。

観月ありさ、いや今思えば観月ありさがこんなひなびた街にやってくるなんてことは絶対にあり得なくて、完全に僕らの期待過剰だったのだけど、それでもそこそこのレベルがやってくると期待していたわけなのだけど、それがこれだ。

不良の魔の手から逃れ、今日の日のために散髪もしていた、久保田くんはそれだけこの日に賭けていた。さぞかし意気消沈しているだろうと顔を覗き込むと、冒頭のセリフであある。

「アイドルってなんなんだろうなあ」

久保田くんはそう言って笑っていた。確かに笑っていたのだ。

僕は最初、このセリフの意味は、彼が目の前のアイドルを揶揄し、もうアイドルなんて訳がわからない、とある意味批判するセリフとして発せられたものとして捉えていた。現に、僕はそんな心情だった。けれども後に続く彼のセリフで間違いであったことに気が付く。

「アイドルってなんなんだろうな。俺、すげえ勇気づけられるよ」

期待とは違うアイドルだった。予想とは大きく違った。けれども目の当たりにするとすげえ勇気づけられる。アイドルってスゲエ、そんなセリフだったのだ。

言葉のとおり、彼はテンションをぶち上げ、最前線(といっても客席には一人だけど)で声援を送り続けた。いつまでもいつまでも、「や○い」の店内に、アイドルの奇妙な歌詞と久保田くんの声援が響き渡っていたのだ。

アイドルとはそもそも何なのだろうか。いまだにその答えは出ていない。けれどもあの日の久保田くんの姿を思い出すと、その答えのきっかけくらいは掴めそうな気がする。

僕は決して彼のようになれないかもしれない。彼のような覚悟でアイドルを愛せないかもしれない。そう思うとなんだか同じポテンシャルで活動していてはいけないような気がしたのだ。早い話、彼の熱意が怖かった。彼の心意気が怖かった。このイベント後、次第に疎遠になっていったのだ。僕と久保田くんの関係は、ビールの泡のように液体に溶けて消え失せた。

あれからどれくらいの時間が経過しただろう。こうして場末の本屋で並んで掲げられているサンタフェの予約票。ピンク色の予約票に並んだ僕と久保田くんの名前と「サンタメ」という意味不明な言葉。威風堂々と並ぶこの紙を見ていると、やはり久保田くんは久保田くんで、そして僕も少しは彼に近づけたような気がした。

明日、学校に行ったら久保田くんに話しかけてみよう。あの時できなかった、あの味も素っ気もないアイドルの話をいっぱいしよう、サンタフェの話もしよう。そう思ったのだった。

ちなみに、その後、また熱心にアイドル談義を交わすようになった久保田くんの話によると、あの日はあの味も素っ気もないアイドルのステージに興奮しすぎて次の日に高熱が出て、病院で座薬をもらったらしい。ちゃんとした服用方法を取れたのか、それ以上は怖くて訊ねられなかった。

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