蹴りたい背中

蹴りたい背中

Date: 2013/07/25

まるで見えない手に後ろから押されているかのようだった。

人間の思考なんてものは分からないもので、時に理性的であり、時に論理的、徹底的に合理性を追求したと思ったら、それでは説明できない感情的な行動に走ることもある。自己犠牲、献身、情熱、揺さぶられた感情は論理では理解できないことが多い。

まるで見えない手に背中を押されたように論理では考えられない行動を取ることがある。それが人間なのだ。感情という名の手だろうか、そっと後ろから押されたその想いは抑えることができない。論理と感情、全く相反する二面性こそが人間が人間である最たる根拠なのかもしれない。

時に感情に任せてイレギュラーな行動をとる人間は、論理の世界では完全に役立たずで、中でも恋に恋している中学生あたりの男子の思考回路は論理的に考えると本当に正気の沙汰とは思えない、未来の人間がたまたまタイムテレビで行動を覗いたとしたらこの時代の人類全体の文化全てを勘違いされかねない奇行がてんこ盛りだ。そんな中学時代の論理的でない行動、思い出すと赤面するばかりだ。

僕が通っていた中学校の近くに、小さなラブホテルがあった。

そのラブホテルは、おどろおどろしいフォントで「愛の池」と書かれ、意味不明な天使なのか地域に出る露出狂なのか分からないイラストが書かれた看板があり、それがなければラブホテルと分からないほど普通の民家で、今にも母ちゃんとかが洗濯物を干しかねない外観だった。

しかしながら、周囲に張り巡らされた銀の柵と、抱き合うように絡みついた大量のツタが不気味な雰囲気を醸し出しており、おそらく「愛の池」というホテル名の起源となっているであろう、直径1メートルほどの池が入口横に有り、緑というよりは紫色の不気味な水を蓄えており、一層の不気味さを演出していた。

もちろん、性的にセンシティブな中学生が多数通る場所だ。この不気味なラブホテル「愛の池」は僕らの心を鷲掴みにして離さなかった。いつからか、ああいったラブホテルは普通に旅行で宿泊するホテルと違い、男女のいかがわしいコミュニケーションの場所だと知った僕らは、とにかく「愛の池」に夢中だった。

中学になった瞬間に急に色気づきやがってからに、惚れた腫れたの人間模様を展開しだしたカップルには「ヒューヒュー、愛の池いっちゃうの?」と冷やかすのが定番だったし、新任の女教師なんかを冷やかすのに「先生、愛の池行きましょう!」とやるのが当たり前だった。思うに、芽生え始めた「性」、それをあまりに直球で表現するのは抵抗があるから置き換えなければならない、それが「愛の池」だったのだと思う。愛の池は僕らにとって性の代名詞だった。

もちろん、完全にHotワードと化していた「愛の池」だったのだけど、それは会話の中だけの話で、実際はやはり得体の知れない恐怖を感じていた。「愛の池」の近くにいると得体の知れない怪しさを感じるし、圧迫感みたいなものもあった。それよりなにより、稀に、ハゲオヤジとマダムがコソコソと人目をはばかってコソコソと入っていくシーンとか目撃しちゃって、なんだか怖かった。

なんというか当時のウブな中学生にはリアルすぎたんでしょうね。触れてはいけない世界というか、見てはいけない大人の世界というか、非日常すぎる非日常に無意識にブレーキが効いたのでしょう。僕らは「愛の池」の前を通る時はあまり視界に入らないよう、近づかないようにしていたのです。それが我が中学での標準だった。

そんな存在が中学生の身近にあると、やはり今度は根も葉もない噂が出回るもので、それこそ、「愛の池」では老婆が出刃包丁持って歩き回ってるとか、池の横に死体が埋められてるとか、有事の際には要塞になるとか、愛の池で不倫をしていたら入浴中に妻が入ってきて殺された男がいて、その男は今も自分が死んだことに気がつかず、あの不気味な池で入浴を続けているとか、ちょっと意味不明な噂が多数出回っていた。

今考えると、そんなことあるはずがない、老婆が包丁持ってるとかそんな馬鹿な、なんで風呂と池を間違えるんだよ、お間抜けゴーストだな、と思うものですが、同時の僕らは完全に信じていて、ビビったものだった。

僕ら中学生にとっての畏怖の対象となった「愛の池」、次なる段階に進むと今度は、その恐怖の対象に恐れをなさない中学生が登場してくる。ハッキリ言うと、それは僕だったのだけど、皆がビビって遠巻きに眺め、怪しげなものと認識している「愛の池」、それに全くビビらず、平然としている男こそがカッコイイと意味不明な勘違いをしていた。

認識だけだったら良かったものの、その中学生の勘違いはまさにブレーキの壊れたダンプカー、瞬く間に勘違いは加速し、最終的には中学生でありながら日常的に「愛の池」を利用するダンディな自分をセルフブランディング、という訳の分からない状態になっていた。

ある日のことだった。授業も終わり、早く家に帰って「スクールウォーズ」の再放送を観なければならないと、イソイソと家路についていたところ、道路脇のバスの待合所みたいな汚い掘っ立て小屋の中に見慣れた制服姿の子が二人いることに気がついた。

それは当時僕が思いを寄せていた女の子で、名前を愛子ちゃんといった。そこまでカワイイ女の子ではなかったのだけど、溢れんばかりの笑顔が眩しい太陽のような女の子だった。

その愛子ちゃんが、もう一人のお供みたいなブス、これがまあエラいブスなんですけど、どうんくらいブスかっていうと、たぶんレントゲン撮ってもブス、みたいなそんな感じで、そのX線ブスと愛子ちゃんが楽しそうに談笑していたんです。

僕らの中学では登下校時の買い食いは禁止されていましたので、どうしてもジュースとか買って談笑したいって時は、あまり目立たないこの待合所が多用されていたのですけど、どうやらそこで愛子ちゃんとXブスもジュース飲みながら談笑していたみたいなんです。

さて、こうなると僕も平常心ではいられないわけですよ。なにせ、想いを寄せている女の子が帰り道にいるのです。このまま黙って通り過ぎる手はない。何かカッコイイ動作でもして彼女の心に印象という名の焼印を押し付けなければならないのです。

ここで一発、待合所に入り込んで「やあ元気?」とでも軽やかに話しかけることができれば今頃僕の人生も全然違ったものになっていたかもしれませんが、とにかくそんなことはできるはずもありません。そもそも、僕と愛子ちゃんは会話すらしたことないので、ステージとしてはそのへんの変質者とそんなに変わりません。話しかけるなんてできない。

ということは、何かカッコイイ動作や仕草で彼女の気を惹くのが正解なわけで、僕が最もカッコイイと思うのはテロリストの仕掛けた爆弾の爆発から血だらけになりながら子犬を守る、なのですが、どう見回してもテロリストもいなければ爆弾もなく、子犬もいない、とてもじゃないが理想のシチュエーションは巡ってきそうにないのです。

そうなると、次点として、乱暴な不良がカツアゲしてきて取り囲まれるんですけど、毅然とした態度で接する僕に不良が怒り狂い襲いかかってきて、やれやれ、暴力反対なんだがな、とフッとため息をついた僕は地面を殴り、ひび割れたアスファルトにおしっこを漏らす不良たち、なんですが、不良もいませんし、アスファルトは割れませんし、そもそも僕、喧嘩弱いですからね、さすがにこれも無理なんです。

まずい、このままでは千載一遇の大チャンスを逃してしまう。なんとかして愛子ちゃんの網膜に僕という存在を焼き付けなければ僕自身はただの路傍の石と化してしまう。焦った僕は周囲を見回しました。すると、大逆転のトリガーとなりうる存在が目に飛び込んできたのです。

それは「愛の池」でした。愛しの愛子ちゃんが談笑を楽しむ待合所から少し離れた場所におどろおどろしいオーラを放ちながら「愛の池」が佇んでいたのですが、その距離感が実に絶妙、遠くもなく、近くもなく、さらに角度的にも中の様子がアリアリとわかる、そんな位置関係でした。これはもう神が配置した、そう思いましたね。

前述したとおり、当時の僕はちょっと色々と間違えていましたから、皆が畏怖を感じるラブホテル「愛の池」を普通に利用するスーパー中学生がカッコイイと意味不明な勘違いをしていましたから、もうこれを利用して愛子ちゃんに熱烈アピールするしかない、とさらに勘違いに勘違いを重ねてしまったのです。

しかしながら、本当にそんなことをしてしまってもいいのだろうか。僕の心の中に迷いがありました。確かにカッコイイしアピールすべき場面、人生においてこれほどのチャンスは来ないであろうと予想される場面です。どう考えても行くべきなんですけど、やはり僕だって「愛の池」は怖い。

あんな怪しげな外観に、様々な噂、あそこに宿泊したきり帰ってこなくなった人がいて、深夜に老婆が肉片を運び出していたなんて噂も聞きます。そんなとこに足を踏み入れて無事で済むはずがない。行くべきか、行かないべきか、悶々と悩んでいると、すっと見えない手に背中を押されたような気がしました。

「いくしかないだろう!」

行かないことは簡単です。その反面、行くことは難しいでしょう。実はこれって世の中の大半の事柄に当てはまることで、僕らは常にやらない理由を探しているものです。どんなことでもやってみたらいい、やらない後悔よりやって後悔、なんて月並みなことを言うつもりはないですが、もしアナタが何かに対して「やらない理由」を探しているのなら、「やる理由」を探してみてはいかがでしょうか。

このまま普通に生活していたって愛子ちゃんの視界に僕が入ることはないだろう。ならばここはリスクをとってでも行動に移すべき。バリッとかっこよく「愛の池」を利用する大人でダンディーでアーバンな自分を見せつけるべきだ。それが見えない手に背中を押された僕の「やる理由でした」。

決意した僕は歩き出します。待合所の横を通過しながら横目でチラリと愛子ちゃんの姿を確認。愛子ちゃんは夢中でX-MENと会話しています。この没頭ぶりから見るに、ここらで何か注意をこちらに惹きつけておかないといけません。そこで、適切な独り言を言って注目を集めます。

「あーあ、肩こりがひでえよ、愛の池でもいくかー」

当時の自分としては非常に軽やかに、まるで愛の池に行くことが日常であるように独白できたつもりでいたのですが、肩こりが脈略無さ過ぎて意味不明ですし、愛の池との繋がりも一切不明です。あえて言うならば部分的に間違っているというより、全てが間違っている。

この時の僕の声のトーンを表現すると、独り言なのに明らかに人に聞いてもらうことを前提にした独り言というか、膀胱炎で泌尿器科に行ったんだけど間違っても性病できたわけではないということをアピールするために受付で「膀胱炎なんっすよー」と待合室全体に聞こえるように言うトーンといいましょうか、とにかくワザとらしい感じだと思って頂ければ幸いです。

もちろん、さらに横目でチラリと確認してみると、愛子ちゃん、「何言ってんだこのバカ」みたいな目でこちらを見てるんですが、当時の僕は愛子ちゃんの注目をこちらに惹きつけることに成功したと信じて止まない。あとはズンズンと愛の池に向かって歩くのみです。

ここでダメ押しとばかりに、

「愛の池、行き過ぎてもう飽きちゃったわー」

と、距離が離れた愛子ちゃんに届くようにさらに大声でしゃべります。もう意味がわからない。飽きたなら行かなければいい。

で、いよいよ愛の池の門の前に到着するんですけど、なんか威圧感がすごいんですよ。道路からは全然見えなかったんですけど、庭みたいになっている場所にはカエルの置物が8体くらい、飾られてるんではなくて無造作に転がっていて、意味不明にカラフルな風車が沢山地面にブッ刺してあるんです。

完全に気が動転しちゃってもうこれ以上一歩も進めないみたいな感じになってんですけど、チロリと振り返ってみると明らかに愛子ちゃんがこちらを凝視しているではないですか。

「こ、これは期待されてる……!」

そう確信しましたね。たぶんなんですけど、愛子ちゃんは「やだ、うそ、愛の池に普通に入れるなんてカッコイイ」とか思ってトクンとか心の音がしてるのかもしれません。

ビビってる場合ではない。もう僕は一歩踏み出すしかないのだ。この時、僕の背中を押してくれた見えない手は間違いなく愛子ちゃんの手だった。

愛の池の敷地内に入ると、やはり中は異様な雰囲気だった。緑なのか紫なのか良く分からない池も、間近で見ると気味悪い藻みたいな植物が浮いたり沈んだりしていて気持ち悪い。コケだらけの地面に転がっている「休憩2000円宿泊3500円」と赤い文字で書かれていた看板も意味不明な怖さを演出してくれる。

「もういい、僕は頑張ったのだ」

こうやって敷地の中に入ってしまえば、愛子ちゃんのいる場所からはもう僕の姿は見えない。大切なのは「当たり前のように愛の池に入った」というカッコイイ事実だけで、その後の展開は必要ない。これ以上、大冒険アドベンチャーをする必要はないのだ。

しかしながら、すぐにとんぼ返りは頂けない。おそらく愛子ちゃんは胸をときめかせて僕の余韻に浸るように入口周辺を見つめ、この胸高鳴りは何…?とかやってるはずだから、すぐ出て行くわけにはいかない。こりゃ裏口から出るのが賢明かな、とさらに奥へと歩みを進めたその時だった。

「いらっしゃい!」

玄関からは入らず、建物脇のスペースを通って裏に回ろうとしていると、物陰から本気で老婆がでてくるじゃないですか。ホント、老婆、マジ老婆、超老婆。しかも手に包丁持っとるんですよ。今思うと、多分、利用客のルームサービスとかで料理をしているところだったんでしょうけど、そういう都市伝説を信じていた僕はもう、恐怖で恐怖で

「でたーーー!」

とか叫んでましたからね。そしてまあ、お恥ずかしい話、腰が抜けちゃいましてね。はわわわわ、みたいな感じでズルズルと後退することしかできなかったんでしょうけど、老婆も老婆で驚いたみたいで、そりゃあいきなり中学生がラブホテルの敷地内に入ってきたら驚きますよ。「なんね!」みたいな驚きの表情してるんですけど、それがもう、僕には老婆が獲物を捉えた確信の表情にしか見えなくて、さらに「ひいいいい」ってなることしかできなかった。

結局、毛じらみみたいな動きをしながらズルズルと後退していったらズボーンと愛の池に落ちちゃいましてね、水は臭いわ、思ったより深いわ、藻が絡みついてくるわで大騒ぎ。命からがら愛の池から飛び出し、生まれたての小鹿みたいになりながら道路へと逃げ出したのです。

ここまででも十分にカッコ悪いんですけど、さらに心配した老婆がタオル持って追いかけてくるもんですから、「おたすけー!」と脱兎のごとく逃げ出す僕、体に絡みついていた藻がボトンボトンと音を立ててアスファルトに落ちていく音だけが響き渡ってました。愛子ちゃんはその光景の一部始終を見ていた。

結局、泣きながら、水の入った靴をガッポガッポさせ、さらに服のいたる場所から藻をボットンボットン道路に落とし、パンくずを撒きながら歩いたヘンゼルとグレーテルみたいになりながら、Howeverっぽい感じになりながら、それはGLAY、TERUでしたね、とにかく失意のどん底にありながらも、愛子ちゃんに少しはカッコイイところ見せられかな、と自分に言い聞かせたのです。

まあ、家に帰ると制服を藻だらけにしたことにより母親に烈火の如く怒られるわ、親父には「お前は頭の中に高砂部屋でも詰まってんのか?」みたいな感じでネチネチと怒られたり、次に日学校に行くと、あれほど信じて背中を押してくれていた愛子ちゃんが先生に、愛の池に入っていた不届きな男子がいると告げ口されて正座させられたりと、とにかく散々だったのです。

ちなみに、伝説の愛の池で藻だらけになった男して愛の藻、略してアイモみたいな、十数年後に発売されるロボットペットみたいなニックネームを頂戴つかまつったのですが、まあそれは別の話。とにかく、背中を押されたことによってとんでもない目にあったのです。

けれどもね、やはりこういった背中を押してくれる見えない手というのは大切だと思うんです。背中を押される、なんてまるで外部から作用する力のように書いていますけど、実際にそこに作用するのは「いかなければならない」という自分の意思であり決意なのです。それらを外部要因にすることによってハードルを下げているわけなんです。

それが良い結果をもたらそうと、悪い結果をもたらそうと、決意して動いたという事実は変わらない。ならばどんどん背中を押してもらって、どんどん決意していけばいいじゃないか、そう思うのです。

先日のことでした。

僕の通勤途中には、クッソ小汚くてレトロな、今時珍しい感じの朽ち果てる寸前みたいなラブホテルがあったのです。毎朝そこを通る度に、過去の「愛の池」のトラウマが蘇り、朝っぱらから心臓の鼓動が早まるのを感じ、苦々しい想いをしていました。

しかしながら、ある朝通りかかると、いつも見えるトレードマークのオレンジ色のスダレが見えません。あの、古いラブホテル独特のスダレがいつもなら威風堂々と風にはためいているのですが、それが全く見えない。

それどころか重機やトラック、作業服を着た男たちが頻繁に出入りしているではないですか。この屈強な男たちがラブホテルに重機で突撃してアナルセックスに興じている、と考えるには無理があります。普通に考えて、取り壊していると考えるのが妥当でしょう。

最近は不況の影響でしょうか、ラブホテルに限らずこういった小規模でレトロな店舗は苦戦しており、次々と閉店を余儀なくされているのです。結局のところ大型店舗、大資本には適わないということなのでしょうか、なんだか寂しいものです。

実は、僕、このラブホテルに関しては当初から狙っていたことがありまして、今か今かとそのチャンスというかタイミングを伺っていたのですが、それが達成される前に廃業、とはとても残念で、こんなことになるのならどうして思い立った時に行動しなかったのか、どうして誰も背中押してくれなかったんだ、そう憤ったのです。

その旨を、職場の同僚の大村くんに相談しました。「通勤途中にあるラブホテルが潰れてた」と。大村くんは、複数のセックスフレンド、いわゆるセフレを有するやり手のプレイボーイで、毎週セックスしてるぜ!が自慢の男です。毎週セックス、つまり毎週合体しているということは「Qさま」と「お試しかっ」かよ、と思うのですが、とにかく、この街のラブホテル事情に詳しい。

大村くん曰く、あのラブホテルは廃業ではなく改装らしい。つまり、数日もすれば小奇麗になってリニューアルオープンするよ、とのことでした。さすが大村くん、廃業ではなく改装なら僕の狙っていた望みは叶えられるかもしれない。むしろ、そちらの方が好都合なくらいだ。

案の定、数日経つと件のラブホテルは改装を終え、今風の南国高級リゾート風のラブホテルに変貌していた。入口付近も大変おしゃれな感じになっており、トレードマークとも言えるあのオレンジ色のスダレも綺麗さっぱりなくなっていた。

「今ならいけるんじゃないだろうか」

そんな想いが僕の心の中に湧き上がっていた。常日頃から想い続けていたあの野望を実現に移すチャンス、それが今やってきたのではないだろうか。湧き上がる想いと胸の高鳴りを抑えられなくなっていた。行くなら今しかない。

そう決意する反面、全く正反対の別の感情も湧き上がる。いやいや、もう僕もオッサンというか、大人の部類に入る年齢だ。はたしてそんなことをやっていい年齢なのだろうか。もう、若さゆえと言い訳はできない年齢、もっと思慮を持って行動すべきではないだろうか。

僕は迷いに迷った。行くべきか行かないべきか。とにかく迷った。そして、フッと見えない手に背中を押された。

「行くしかない」

あの時、中学時代と変わらない。何一つ変わらない熱意を持った僕は改装されたばかりの門をくぐった。全ては日頃から思い描いていた野望を実現するため。あの想いを形にするため。愛の池の思い出がフラッシュバックする。できれば引き返したかった。けれども、決意した僕の想いは止められない。

南国風の植物が飾られた通路を抜けると、なぜか小さな滝がディスプレイされており、その横に部屋をチョイスするパネルみたいなものが鎮座していた。どの部屋もトロピカルな感じで魅力的、どの部屋を選んじゃおっかな、という感じでウキウキしていると、こんなことをしにここに入ってきたわけではないことを思い出す。

「こんなことしている場合じゃない」

早速、目的を達成するため、フロントみたいな小窓のところに話しかける。

「すいません、ホテル利用とかじゃなくて申し訳ないんですけど、ちょっとお話があるんですが、責任者の方とか偉い人とかいますか?」

そう話しかけると、顔は見えなかったのですが小窓の中にはパートのおばちゃんっぽい人がいたみたいで、少し戸惑いながらも答えてくれました。

「今ちょうどうオーナーがいるんで、聞いてみますね」

とのこと。いける、こりゃあいけるで!そう確信しました。そして、数分待つと、またおばちゃんがやってきて、

「お会いするそうです。どうぞ、横の扉が入ってください」

見ると、小窓の横には目立たぬように壁と同じ壁紙が貼られた扉があります。中からおばちゃんが開けてくれたみたいで、ぎいいという音をたてて20センチほど隙間ができていました。

まさかオーナーが会ってくれるとは、なんでも言ってみるもんだと意気揚々と中に入っていくと、そこは事務スペースとして使っているのか、南国リゾートとは程遠い、思いっきり汚いオフィス、みたいな風景が広がっていました。

その脇にさきほどのおばちゃんが立っていて、「奥にどうぞ」とか丁寧な感じで促してきます。書類の山が積み上げられた通路の奥にさらに白いドアがあり、どうやらそこにオーナーがいる様子。なんで僕はこんなラブホテルの事務所の中にいるんだと思いつつ、ゆっくりと歩を進め、ドアをノックして部屋に入ります。

「何か用ですかな?」

中に入ると、なかなか小奇麗な部屋の中に恐ろしげな老婆が鎮座しているじゃないですか。オーナーは老婆、中学の頃の愛の池での包丁を持った老婆の姿がフラッシュバックします。

「いえ、あの、その……」

トラウマを抉られシドロモドロする僕。さらに老婆が畳み掛けてきます。

「何か用ですかな?」

恐ろしげな老婆に、ビクビクする僕、なんか千と千尋の神隠しみたいな感じになっていて、そのうち僕は「patoとは贅沢な名前だねえ、アンタはpaで十分だよ」とか名前を奪われてしまうかもしれません。

とにかく、僕は思いを伝えなければならない。毎日毎日、通勤途中にラブホテルを眺めながら思い描いていたあの野望、それを伝えなければないらない。じゃなきゃここまでやってきた意味がない。また、見えない手に背中を押された僕は、ついに口を開いた。

「リニューアル、おめでとうございます」

勇気を出して発した僕の言葉に老婆はニヤリと笑った。僕は続きの言葉を発した。

「実は、リニューアル前に入口のところにあったオレンジ色のスダレありましたよね。もうオシャレにリニューアルされたんで必要ないかと思います。できればあれを頂けませんか?」

実は僕、ずっとあのオレンジ色のスダレを欲しい欲しいと思っていたんです。いつかチャンスがあったら貰ってやる、ずっとそう考えていたんです。そして、僕はついに行動に移した。

「あんなもん、なんに使うんだい?」

湯婆婆は驚いた顔をしたかと思うと、すぎにニタリと笑い、僕に問いかけた。

「どうしても答えないといけませんか?」

「そりゃあ、何に使うかも分からないのにはいそうですかと渡せないよねえ」

言ってしまったほうがいいのだろうか。やはり言ったほうがいいのだろうか。ババアの言葉は言わないと渡さないとという意味に取れる。裏を返せば、納得いく使い道でさえあればくれるということではないだろうか。僕はついに、その思いを、スダレの使い道を老婆に伝えた。

「アシュラマンの前掛けの部分を作りたいんです!」

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これが絶対にあのオレンジ色のスダレにピッタリなんですよ。これさえ作れたら、あとは腕を4本付けたらすぐにアシュラマンですよ。なりたい、アシュラマンになりたい、なんでそんなに頑ななのか自分でも分からないんですけど、とにかく毎朝スダレを見る度にアシュラマンのことばかり考えていた。

ここからは凄かったですね。即座に「意味不明、帰れ!」と老婆にビシイと言われて、2名のオッサンが出てきて本当に外に連れ出されましたから。あまりに冷徹な対応に、泣きながらHoweverを歌うことしかできませんでした。

なぜ、アシュラマンになりたいのか自分でもわからない。けれども、それがカッコイイと僕は信じて疑わないのだ。それは中学生時代、愛の池に入れる男がカッコイイと勘違いしていた事と同じなのかもしれない。あの頃から何も成長せず、意味不明なかっこよさを求め続けているのかもしれない。つくづく、人間の感情ほど理論ではないと痛感させられる。

けれども、僕はアシュラマンになることを諦めない。これからもラブホテルのスダレを見るたび、アシュラマンになりたい想いが募るだろう。チャンスがあれば手に入れるべく行動に移すだろう。迷うだろうが行動に移すだろう。迷った時、そっと背中を押してくれる手、アシュラマンの6本の手が僕の背中を押してくれるから。

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