キルワード

キルワード

Date: 2006/08/15

「なにやってんですか!ぶっ殺しますよ!」

僕もまあ、長いことというか30年生きてきて、この間めでたく三十路となったわけなんですが、電話口でこう「ぶっ殺す」などという過激な言葉を頂戴したことは何度かあるわけなんですよね。

良く分からない詐欺業者に「殺すぞ」ですとか「一族根絶やし!」などと戦国時代みたいなセリフで脅されたこともありますし、どっかのオフ会に行く時なんか「オフ会場でアナタを刺殺します」と大変丁寧な殺人予告まで賜り、ビクビクしながら腹に少年マガジン偲ばせてオフ会に行った記憶などあります。

どれもこれも、姿の見えない相手からの「ぶっ殺す」という言葉。それを言うまで追い詰められてしまった相手の心中を慮るのですが、まあ、ぶっちゃけ、そういうのってあまり効力がないんですよね。

姿が見えない、自分を明かさず発する言葉なんてのは、言葉だけが宙ぶらりんで中空に浮いているような状態で、ほとんど力なんて持ってない。例えるならば、エロ系の作品をほとんど描いたことない漫画家のエロマンガみたいなもので、喘ぎ声やビチュアといった擬音にほとんど力がこもってない、お前は何がしたいんだ、お前はこれで抜けるのか?と言いたくなるような、そういうものなのです。ごめん全然分かりにくかったですね。

そんな力ない「殺す」よりも、素性の分かってる相手の「殺す」って言葉のほうが全然怖くて、それが冒頭のセリフなのですが、気心知れた相手の「殺す」ほど怖いものはない。本当に殺されそうで、その禍々しきオーラに押し潰されそうになるのです。

ちょうどその日は、とある県外の会社へ出向かなければならない日で、ご自慢の愛車を走らせてルンルン気分で出張しておりました。出張先ではハードワークが予想されていたのですが、行ってみると相手先の会社の人が微妙にやる気がないみたいで、受付の女の子のスカートの切れ込みを眺めてるうちに任務終了と相成りまして、あまりのあっけなさに拍子抜けしつつ、ちょっとこの街の名物でも食べて帰ろうか、などと街を散策していたのです。

すると、携帯電話に着信が。

出てみると、同僚の前川君で、普段は温厚で人柄の良い今時珍しいほど誠実な青年なのですが、その彼が出るや否や途方もない勢いで憤っておったのです。

「なにやってんですか!ぶっ殺しますよ!」

ああ、あんなに優しかった彼が「ぶっ殺す」なんて言ってる。何が彼をここまで追い詰めたのか。きっと僕が悪いに違いない。遠き日、まだ優しかった頃の彼を思い出し、僕はビクビクと返答するのでした。

「どうしたのかな?なにかあったのかな?」

声が上ずりながらも必死で平静を装い、本当は前川君の迫力にブルっちゃってるんですけど、とにかくブルってない素振りで返答したのです。

「何がじゃないでしょ!○○の原稿!今日が締切りですよ!何やってんですかホントに殺しますよ!」

電話のやり取りで顔が見えないのはもちろんなのですが、おそらく修羅のような表情になってるのはアリアリと伺えます。そういえば、一ヶ月くらい前に、僕が会社の中庭でアリを捕まえるという訳の分からない仕事をしている時に前川君がやってきて、「ホント、お願いしますね、締切りだけは守ってください、印刷所の関係とか色々ありますんで」と原稿執筆を依頼、僕も安請け合いしちゃって「まかせろ!」と大船に乗ってしまったもんだからさあ大変。その4秒後にはデカイ芋虫を運ぶアリに興奮してしまい、すっかり忘れてしまっていたのでした。

「メンゴメンゴ!書こうと思ってたけど筆が進まなくて・・・」

と、僕も何とか忘れていたことを誤魔化そうと精一杯のブラフを仕掛けて一流作家みたいなこと言ってみるのですが、修羅となった前川君には通用しない。

「ホント、殺しますよ!?なんでもいいから早く書いてください。今日の五時まで待ちます。間に合わなかったら殺しますからね!」

あの優しかった前川君が何回も殺すって言ってる。その迫力たるや相当なもので、なんとか5時までに間に合わせないと命がないことがビンビン伝わってきます。

とにかく、5時までに書き上げてメールで送付することを約束し、本気で間に合わせないとマジで殺されそうな勢いなので心を入れ替えて頑張ることを決意して電話を切りました。

さて、約束はしたものの、ここは出張でやってきた遠き地、パソコンを持って移動しているわけではないのでどうやっても書けない。A4で10枚には及ぼうかという大量の文章を携帯電話でチマチマと打って送付するわけにもいかないし、どうしたものかと途方に暮れました。

しかしですね、最近は本当に便利になったものです。そこそこの街であればインターネットカフェが存在する。そこではパソコンがあって文章も書けるし、メールも送れる。もう、ネットカフェに入って原稿を書ききるしかない!そいでもって前川君に送って「どんなもんじゃ~い!」とか言いたい。そう決意してネットカフェを探したのでした。

まあ、探してみるとやっぱりネットカフェって簡単に見つかるもので、少し小ぶりで小さな建物、けれども比較的オシャレな感じの店舗を見つけ、いざ飛び込みました。

本当は、多くのネットカフェがそうであるように簡易的に仕切られた個室で優雅に執筆に没頭、たまにエスプレッソなんか飲んだりしてセレブに振舞いたかったのですが、あいにく個室は全て満員御礼、ソールドアウト。仕方なく、コミュニティルームと呼ばれるオープンなスペースに入ることに。

どうも、このスペースも数台のパソコンがあるようなのですが、その間に仕切りは一切なし。ネットゲームか何かで大勢の仲間がワイワイと盛り上がれるようにオープンになってるようなのです。

まあ、本当は個室が良かったけどオープンでもいいか、と入店手続きを済ませ、フリードリンクのコーラを片手にコミュニティールームに向かいました。

コミュニティルームは8畳ほどの広さの部屋で、中央を向く形で8台のパソコンが並んでいました。その中の指定された1台のパソコンに座り、一息つきます。

いやあ、オープンな場所ってことでうるさいクソガキやら、勢い余ってパソコンの前でオナニーしちゃう人とかいたらどうしよう、原稿に集中できないと思ったのですが、人がいないようで良かった。これで集中できるぞ、と伸びをしつつ、部屋の隅に視線をやったその時でした。

いるんですよ。

最初は、ネットゲーム中に死んでしまい、その無念の想いからネットカフェ内を徘徊する霊か何かと思ったのですが、コミュニティールームの端っこのパソコンにギンギンに向かってるヌシみたいな人がいるんですよ。

このヌシが凄くて、僕もまあ人の風貌のことをとやかく言えませんが、ガリガリで青白い顔、長髪で無精ヒゲに四角いメガネ、と幼女誘拐犯を描いてみろって言われたらこの人を描いてしまいそうな力強い風貌なんですよ。

で、このヌシが、何か銃で人を撃ち殺すゲームをしてるみたいで、もうマウスが壊れるんじゃねえかって勢いで左クリックを連打し、「クソ!」「死ね!」「殺すぞ!」とか連呼してるんですよ。

前川君の「殺すぞ」に比べたらなんと力ない言葉かと思うんですけど、その光景は何故か怖い。でもまあ、目先のヌシよりも今は前川君の方が怖い、とにかく集中して原稿を書かねば、とパソコンに向かったのでした。

ガリガリと集中して書きつつ、5時までだからあと6時間ある。まだ時間的余裕は随分とあるぜ、と時間配分を計算しつつ書き進めます。しかしその傍らではヌシが

「このっ!」

「やるじゃねえか!」

「死ね!死ね!死ね!うひゃひゃー!」

とか、善良な市民なら通報しかねない危ない状態になってるんですよ。全然集中できない。それだけならまだ良くて、どうもヌシの中では何かがスパークしてしまったらしく

「いけ!アバンストラッシュー!」

とか必殺技まで繰り出してるんですよ。頭おかしいよこの人。お母さん、この人狂ってるよ。しかも、よりにもよってダイの大冒険かよ。

その異様な光景というか必殺技を見て、ダイの大冒険のことが異様に気になった僕は、早速マンガが置いてあるコーナーに走りダイの大冒険を読み進めることしかできませんでした。

まあ、まだ5時まで時間があるし、4巻くらいまでなら大丈夫と読み始めるとこれが没頭しちゃいましてね、個人的にはマァムが微妙にエロくていいんですが、4巻どころでは終わらない勢いで読んでしまったんですよ。もちろん、その横ではヌシが「死ねこの!」とかパソコンの画面に向かって言ってるんですが、マンガを読んでると心地よいサウンドにしか聞こえません。

いよいよ最後のバーンとの決戦といったところで、このマンガ、面白いんだけど死んだキャラが生き返りすぎだよと思ったところで事態の深刻さに気がつきました。相変わらずヌシは「死ね死ね!殺す!」とかマウスをカチカチやってるんですが、時計を見ると3時ちょっと過ぎではないですか。おまけに画面を見ると2行くらいしか書いてないんですよ。

これはまずい!と思った僕はダイの大冒険を投げ捨て、再度心を入れ替えて執筆に没頭することに。5時まであと1時間45分、その気になればいける!やれる!文章の神よ、僕に力を貸したまえ!と猛烈な勢いで書き始めました。

しかしまあ、ダイの大冒険に没頭していて気がつかなかったのですが、相変わらずヌシは同じように死ね死ね言いながらマウスを連打しているのですが、いつの間にか他の席も客が座っていて満員御礼状態になってました。

しかも、どうも僕とヌシを除く客は6人組のネットゲーム仲間みたいで、楽しそうにワイワイやりながら「そっちに回り込め!」とか「よし、打て!」とか意味わかんないですけど大声出しながら大盛り上がり大会なんですよ。

そんな雑音など一切シャットアウトして原稿に没頭するのですが、そんな僕の意思とは無関係にネットゲーム仲間達が大変なことになってくるから始末が悪い。

どうも会話を聞いていると大きなモンスターを6人がかりで倒してるみたいなのですが、その中で一番気の弱そうな青年がミステイクを犯してしまい、6人全員が全滅してしまったみたいなのです。

「バカヤロウ!お前のせいで死んだじゃねえか!」

「あー、もうちょっとだったのに」

みたいな、もうみんな20代後半か30くらいの年齢であろうのに凄い会話が飛び交ってるのですが、その中でも一番気の強そうな、どんな仕事をしても長続きしなさそうな青年がリミットブレイクして気の弱い青年に詰め寄ったのです。

「お前何度目だよ!マジで殺すぞ!」

ゲームでミスをしたからって殺されていては命がいくつあっても足りないのですが、とにかく急展開にハラハラドキドキ。こいつはダの大冒険より面白い!と成り行きを見守っておりました。

いつもミスをする気の弱い青年。それに詰め寄る気の強い青年。傍観している他のメンツもあからさまに不快感をあらわにしています。気の弱い青年は今にも泣きそう。もう、青年が1、2発くらいは殴られそうな雰囲気がするのですが、ここで奇跡が起こったのです。

「ゲームで怒るなんて大人気ない」

さっきまで死ね死ねとカチカチやってたヌシが怒れる青年を一喝。「死ね」とか「殺す」とか「アバンストラッシュ」とかゲームに向かって言ってたお前が言うかよって感じなのですが、とにかく全然関係ない騒動にヌシが割って入ったのです。

しかし気の強い青年は収まらない。そりゃヌシって言ったって僕が勝手にヌシって心の中で呼んでるだけですからね、別にこの場を収める力も何もないんですから、青年はさらに怒ります。

「何だお前?関係ないだろ。マジ殺すぞ」

みたいなことを言ってましたが、ヌシVS喧嘩の強そうな青年、という名勝負を期待したのですが、さすがにここで他のメンツが青年を取り押さえて事なきを得たのでした。けれども、僕はヌシがアバンストラッシュの構えをしていたことだけは見逃しませんでした。

ゲームの中やマンガの中には、軽い死が溢れています。それにつられて殺すと言う言葉が何とも軽く気軽に使われるようになったと感じます。そう、そこには命を取るぞという本来の意味ではなく使われているのです。きっと、ほとんどの「殺す」が命を取る覚悟もないのに使われているのです。

僕も歴史的にブスな女性に「3万でどう?」と言われてしまい、さすがに「殺すぞ」などと軽々しく言ってしまう事がありますが、本来、決して軽々しく誰かに投げつけてはいけない言葉なのです。脅す意味で発する軽々しい殺すに慣れてしまい、恐怖を感じなくなったらどうしますか。脅す方はもう、次は殺すしかなくなりますよね。

インターネットの世界のみならず、様々な場所を飛び交う無数の軽々しい「殺す」たち。その小さな悪意が何とも不気味だと感じながらパソコンの画面を見つめると、16:58という絶望的時間表記と4行しか書かれていない原稿がありました。もう、開き直って読み残ししていた大魔王バーンとの最終決戦読んでた。

せめて、前川君の「殺す」が軽いものであるように祈りながら。

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