ディスカバリー

ディスカバリー

Date: 2006/05/13

僕らの日常生活は多くの発見の中で成り立っている。

ざっと周りを見渡してみると、便利な生活用品の全ては発見の産物だ。テレビにしてもそう、パソコンにしてもそう、電話だってなんだって、誰かが発見したから今そこにある。

そんなテクニカルな電化製品だけじゃなく、洗濯ばさみや、洗濯機に入れるネット、なんかコロコロするやつや、果ては六角形の鉛筆まで、生活の知恵レベルの商品だって誰かの発見が息づいている。

何も高輝度青色発光ダイオードのような特許レベル、叡智レベルの発明だけが発見というわけではなく、そこに何かの知恵があるならば、それはもう発見なのだ。トイレの電球の設置具合が悪く、いつも用を足している最中に電気が消えてしまい、殺し屋か霊的な何かが襲ってきたと思って大パニック。的は外すわ、パンツを上げるかトイレから逃げるかで困惑するわで叫ぶしかないわで色々な意味で哀れな僕が、根本的解決方法として電球をガムテープで止めるという方法を思いついたのも立派な発見だ。

いつもの道とは違う近道を見つけるのだって立派な発見だし、山岡君が最初にチョキしか出さないって気づくのも大きな発見。別に立派な、人類全てに役に立つ発見でなくても、個人レベルでの発見だって大いに有意義なはずなのだ。その一つ一つを大切にし、自分の中で満足に浸る。ちょっと得しちゃったよね、僕って偉いと満足する。平凡な僕らはきっとそれでいいのだと思う。

最近の僕において最も衝撃的といえる発見は、やはりエロ本に尽きる。本当に最近の僕は親が見たら泣くぞって程にエロ本にご執心で、25歳当時の僕のエロ本好き度をコンビニ前でたむろしている若造レベルとするならば、29歳現在の好きレベルは試合前の亀田三兄弟レベルだ。エロ本に飢えてやがる。それほどにエロ本が好きすぎる。何がここまで僕をエロ本に駆り立てるのか知らないけど、とにかくエロ本が好きすぎてたまらない。

人間は、特に好きなことに対しては努力を怠らない。努力を怠らないと言うことは、言い換えると様々な発見があることに他ならないのだ。そう、努力とは小さな発見の積み重ねに他ならない。

やはり、この大好きなエロ本においても、僕は小さな発見を怠らない。どの雑誌が良い出来で、どの雑誌がダメなんて入門レベル。それが発展すると作家レベルまで突き詰めることになる。これらは全て発見であるし、努力に他ならない。

そしてエロ本自身に限界を感じて次のステージに移ると、エロ本自体から離れ、エロ本を取り巻く環境に目が行くようになる。読むシチュエーション、買うシチュエーション、その後の処理。あえて恥ずかしいことをしたらどうなってしまうんだろう。エロ本自身とは関係ないところにカタルシスを求めてしまうのだ。

何度もここに書いているように、職場でエロ本を読むと興奮する。清純なアルバイト女学生から買うと興奮する。禁断のエロ本が職場の引き出しに入ってると思うだけで気を失うほどにドキドキする。これらは興奮を求め、求めつくし、探求した結果に行き着いた発見であって、決してお遊びレベルの児戯ではない。いたって本気。いたって真面目。人生を賭してでも歩むべき極めるものには「道」がつくっていうけど、剣道、柔道、空手道などに並んでエロ本道だってあっていいはずだと思うほどに追い詰められているのだ。

発見をし満足する。しかしそれだけでは満足せず、また新たな発見を模索する。その苦悩の末に行き着いた発見は価値あるものだと心の底から思う。きっと、どんな場面でもコレがあるから人類はここまで発展してきたのだと思う。そう、例えエロ本であっても、それは人類進歩の礎なのだ。

さて、そんな人類の進歩と調和みたいなレベルで発展していく僕のエロ本ライフなのだけど、つい先日、新たな発見があったことをお伝えしたい。

最近では職場近くのコンビニで出勤時間にエロ本を買うという、いわゆるいつ同僚に見られるかわからないチキンレースみたいなエロ本ライフにも飽きてしまい、もっぱらエロ本を買うことなく普通に食料などや飲み物を買っているのだけど、そうなると何も職場近くのコンビニで買う必要ないじゃないかという発見をしてしまい、出勤経路の途中にあるコンビニに立ち寄るようになった。

いつもの職場近くのコンビニと違い、ここはオニギリの残存率が非常に高い。職場近くのコンビニはオンタイムを逃すと赤飯おにぎりしかないという散々たる状況なのだけど、ここはオンタイム以外でも一番人気のわかめご飯オニギリがあるなど、多分にアドバンテージが高い。

チキンレース的な要素を考慮しなければ職場近くのコンビニに行く義理もないわけで、当然ながらいつでもオニギリ満載のこの途中コンビニに立ち寄ることが多くなるのだけど、このコンビニがまた非常に狂おしいことを発見してしまったのだ。

僕の出勤時間はキチガイで、そんなに早く行かなくてもいいのに深夜ともいえる早朝4時とかに出勤することが多いのだけど、出勤の折、そのコンビニに立ち寄ると大体同じ店員さんが死んだ目をしてレジに鎮座していて、なんだか僕の胸を締め付けるんですよ。

深夜-早朝枠という最もハードであろう時間帯なのに、いつも母親くらいの年齢のヨボヨボの女の人が入っていて、髪なんか白髪交じり、浅黒い肌が年齢の深さを物語っていて、頬なんてこけてて大変な状態。

ひゃっほー!このコンビニは深夜でもオニギリが抱負だぜー!と意気揚々とレジに差し出しても、そのお母さんみたいなヨボヨボの店員さんがオニギリを差し出してくれるだけで泣ける。体の弱かった母が「応援行けなくてごめんね」と運動会の時に無理して作ったいびつなオニギリを差し出してくれたことを思い出して泣ける。オツリの小銭を貰いつつ、母親に「理科の参考書を買う」と嘘8000なこといってキン消しのガチャガチャに夢中になったことを思い出して泣けてくる。

ホント、こんな母親みたいな年齢の、それもヨボヨボのお母さんが深夜のコンビニで働かないといけないなんて、日本経済はどこか狂ってやがる!と憤りつつ、その店員さんを母さんに見立てて心安らいでいたんです。

ある時、春先なのに肌寒い、深夜となるとなおの事寒い日のこと。いつものように件のコンビニに早朝4時くらいに行くと

「4月なのに寒いわねー」

と、おっかさんに話しかけられた。

「ええ、寒いですね」

僕も店員さんに話しかけられるってのが嫌いで、服を選んでる時にハウスマヌカンっていうの?オシャレな店員が来て「お似合いですよー、コレなんか若い人に売れてますし」とか言われようものなら散弾銃で撃ち殺したくなるのだけど、おっかさんとなれば話は別。物凄い爽やかに切り返しつつ、いつもの如くオニギリやら飲み物やらを買っていたのです。

「アンタ、いつも冷たい飲み物ばかりじゃない」

朝っぱらからコーラばかり買っている僕に向けて差し出されたのは温かい缶コーヒー。100円玉で買える温もり。おっかさんは皺くちゃの顔をさらに皺だらけにして缶コーヒーをくれた。

「ありがとう、おっかさん」

声には出さなかったけど、僕は心の中でそう呟いた。凶悪な事件が溢れ、人間関係が希薄なことがクローズアップされがちな現代。しかしながら、こんな温かい触れ合いがあるだなんて、なかなかどうして捨てたものじゃないじゃないか。

それからというもの、なんか僕とおっかさんはコンビニ店員と客という垣根を越えちゃいましてね、なんだか親子のように言葉を交わす間柄になっちゃったんですよ。

ある時は、あまりにヘベレケな僕の格好を見て「ネクタイ曲がってるじゃない、しっかりしないと」とネクタイを直してくれたり、「野菜を食べな、野菜を」と、唐揚げてんこ盛りの弁当を買わせてくれなかったり、雑誌コーナーでウロウロしてると、「ヤンマガは明日発売だよ(田舎なので1日遅れることがある)」と忠告してくれたりと、なんだか本当の親子みたいになったんです。

僕はまあ、母親を亡くしてることもありまして、本当にこのおっかさんを母として慕い、おっかさんが休みで入っていない時なんかは「体調崩したんじゃ・・・?」と本気で心配したりして、実の母親以上に気にかけていたのですが、そこでふと思ってしまったんですよ。

ここでエロ本を買ったらどうなってしまうんだろう。

人は誰しも合理化という枠に収まりきらない思想を持っているものです。合理的でないと思いつつもあえてやってしまうとか、それだけはやっちゃいけないと分かっていつつ、あえてやってしまうとか、僕らは機械じゃないですから、時に数式やセオリーでは計り知れないバカな事をやってしまうんです。

で、母親として慕っているおっかさんからエロ本を買ってしまったらどうなるんだろう、って好奇の気持ちが慕う気持ちより勝ってしまいましてね、もう誰にも止められないぜって勢いでいつものコンビニに赴いてしまったのです。

いつものように入店すると、おっかさんが一人でパンコーナーで品出ししているのを確認。いつもならここでおっかさんに近づきつつ軽口を交わして食料などを購入するのですが、ここは思春期で反抗期の中学生の如くおっかさんをガン無視。一目散に雑誌コーナーへと向かいます。

でまあ、既にエロ本自体に大興奮するステージは通り過ぎてますので、もはや何でもいいといった趣でエロ本をチョイス。あえていうならインパクトあるエグイ表紙の物を選んでみました。「人妻」「鬼畜」「緊縛プレイ」みたいなご機嫌ワードが踊るエロ本です。

それを手に持ち、颯爽とレジへ。その動きを察知してか、品出しをしていたおっかさんも笑顔でレジへと向かいます。視線で僕に話しかけてくるみたいな、まだ何が起こっているのか理解できず、ただ嬉しそうに「あら、息子がきたわ、もうそんな時間かねえ」みたいな慈愛と喜びに満ちた表情でした。

レジで対峙する僕とおっかさん。一度は擬似親子と言って良い位までに親交を交わした二人。おっかさんは「タダシ、今日も仕事頑張るのよ」みたいな満面の笑み。その瞬間ですよ。

ババン!と叩きつけるようにレジに置かれたエロ本。着物が着崩れた女の人が悲しそうな目でこちらを見つめるダイナマイトな表紙。それを見た瞬間のおっかさんは表情を固めた。

「うそ・・・そんな・・・」

まるで裏切られたと言わんばかりの悲しい表情で僕を見つめる。まさか、あんな仲良くなった息子が私からエロ本を買うなんて。そりゃ、確かに深夜だと多くの男性がエロ本を買いに来るわ。でも、まさか、この子に限って、この子に限って・・・。

もう、その瞬間、僕の脳内は大洪水のエクスタシーですよ。脳内麻薬がドバドバ分泌され、ああ、今僕はおっかさんの期待を裏切ってエロ本を買っている。そう、エロ本を買っているんだ。信頼してくれてる人を裏切ってエロ本を購入する、なんて快感なんだ。

新たな興奮するエロ本の買い方を大発見し、これだけのために長い年月を積み重ね築き上げてきたものが崩壊するカタストロフィー。ワナワナと震えつつ、それでもどうしていいのか分からないおっかさんの表情。全てが極上のエッセンスで大興奮のうちにイッたのです。精神的にイッたのです。

結局、僕は客なので、どんなにショックを受けてもおっかさんはレジ処理をするしかなく、ピッとバーコードを読み込ませるのですが、その刹那、家族との夕食の席でテレビドラマがラブシーンを放映し始めた時のような、「カンチ、セックスしよ」と放送しだした時のような、2Gくらいの重苦しい空気がレジ周りを包みます。

最終的にはおっかさんがエロ本のみを袋に入れて渡してくれたのですが、その光景が中学生時分に勝手に部屋の掃除をした母親の手によって1ミリの狂いもなく隠していたエロ本が机の上に並べられていた時とマッチし、なんともいえない興奮を僕に与えてくれたのです。

いつも他愛もない世間話をする僕とおっかさんなのに、この間の会話は一切なし。モウ、その余所余所しさにも大興奮。あんなに親しく会話を交わしたのに今や他人!もうこれだけでご飯3杯はいける。

結局、人の信頼だとか交友関係だとかをぶち壊して購入するエロ本は最上の興奮を与えてくれる、という新たな発見を見出した僕は、今日も孤独なエロ本道を突き進んでいくのでした。やはり発見は人生において最高のエッセンスなんだ。

このカタストロフィエロ本の発見に味を占めた僕は、また信頼してくれてる人をエロ本で裏切って興奮しようと、職場で僕に最高の信頼を寄せて「マジpatoさんはすげーっすよ、尊敬するっス」とか言ってる頭の弱い後輩に、ワザとエロ本を読んでるところを目撃されましたところ、またもや沈痛な時間が流れ、妙に後味の悪い会話を交わし、確かに大興奮したのですが、その後輩が瞬く間に噂を広めてしまい、「あの人はエロ本狂い」というワリと正解な噂話でヒソヒソ話をされるようになった僕は、ただでさえ立場なかったのにさらに立場なくなり、発見というよりは発狂しそうな日々を悶々と過ごしているのです。

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