オナッセイ大賞ノミネートNo.5「闇夜で雪は」

オナッセイ大賞ノミネートNo.5「闇夜で雪は」

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「ルールル、ルルル、ルールル♪」というおなじみのオープニングで徹子の部屋が始まった。
今日のゲストは隠慶とかいう禅宗の坊主で、どういうわけかオナニーについての説法をしてやがる。
「あのね、オナニーをアダルトビデオを見ながらするってのはね、最悪なんですわ」
徹子は乗り出すでもなく、さりとて顔をしかめるでもなく、まるでニュートラルな表情を保ったまま受け答えをする。
「えー、でも、あれですの、多くの人はそういうのを見ながらするものじゃございませんの?」
「それがあかんのですわ。眼、というのはね、感覚器の中で一番曇っとる。曇ったまま外界の情報、この場合はエロビですわな、
それを感受し、まやかしの愛にすり換えて射精しよる。仏法ではね、こういう愛を執着と言ってですな、真の愛と区別しとるんですわ」
「そうおっしゃいますが、殿方が、オナニーをするときは、何を見てすればいいのかしら?」
徹子はすらりと、気負い無くオナニーと発音した。
「見るようで、見ない。見ないようで、見る。半眼ですわな。世界全体をフラットに、ぼんやりと見るんですわ。けして特定のものを見たり、
想像したりしてはいけませんな。それは執着であり、愛ではない。真のオナニーではない」
番組の最後の方で、隠慶師は「真のオナニーをしたければ、いつでもウチの寺に来られれば良い。あなたのオナニーは、
どんな執着に捕らわれておるか、聞いて進ぜる」と、呵々と笑って言った。

隠慶師の寺は奈良の山中にある。その伽藍堂に、俺は座っている。真冬の床板は容赦なく体を冷やし、
震えを抑えきれなくなった頃、引き戸を開けて隠慶師が現れた。
正面に座した師は、やんわりとした笑みを俺に向けるが、話しかけるそぶりが無い。俺はしばらく緊張して師を眺めていたが、
その笑みにだんだんと心がほぐれてくる。
俺は決意した。この師ならば、俺の苦悩を分かってくれる。解決してくれる。
俺は、絞り出すように、言った。
「オナニーで射精する時、必ず児玉清が出てくるんですっ!」

しばしの静寂のあと、師は問うた。
「それは、アタック25の児玉清か。パネルの」
そう、日曜午後の顔、パネルクイズの児玉清である。物心つき、オナニーを覚えてからというもの、そのフィニッシュには、なぜか必ず児玉清が思い浮かぶ。
まさに長寿番組アタック25。俺のオナニーでも連続オンエアをとぎれる事無く更新中。なぜだ、なぜそこまでして、児玉清よ。
「お前さんはいま、”なぜ児玉清?”と、考えていたであろう。いつも考えてるようにな」
心を見透かされた俺は、言葉を失った。
「あのな、お前さん、児玉清をイメージだと思っておるな。違うんやな、それは。イメージってのはな、右脳やろ。
その逆で、言語機能は左脳や。で、”なぜ児玉清?”なんていう発想な、これはオナニーを左脳で考えとるからや。言語は悟りにおいて一番邪魔なものや。
ええか。言語でものを考えてオナニーしてはダメや。それが、真のオナニーへの第一歩やな」

その日から、俺の修行が始まった。
まだ暗いうちに起床し、小雪が舞う中、庭先の掃除や伽藍堂の雑巾がけをこなす。
軽い朝食のあと、いよいよ本格的なオナニーの時間だ。
まず、壁に向かって座らせられる。視界は木の壁で満たされ、他に何も見えない。
師曰く、「ええか、眼の焦点を合わせたらあかんで。ぼんやり、半眼や。見るともなく、や。そうせんとな、壁の木目がだんだんいろんなものに見えてくるからな。
それではあかん」
俺は頭の中を空白にするよう努力し、無を念じながら、厳かにペニスをしごき始めた。驚いた事に、エロビデオを見てするより、
遙かに固くいきり勃っているではないか。
視界には壁しかなく、後ろで見守っているはずの師の存在すら忘れ、一心不乱にシコシコ、シコシコとしごく。ペニスが充血し、いよいよとなってくる。
快感が高まる。
その瞬間、師が俺の耳元でささやいた。

「アタック、チャ~~ンス」

パネルが一斉に変わるがごとく、何の意味も持たなかったはずの木目が、いきなり児玉清の顔に見えてくる。そして、射精。
またもや、またもやオンエア、児玉清。目指せパリ・モンサンミッシェルへの旅。
「あかんなー。いま、連想したやろ。連想ってな、まさに言語機能や。禅ではな、これを最もバカにするんや」

この寺では、オナニーは一日一回。午後からは、ひたすらに座禅をして過ごす事となる。
いつも通り質素な夕食を食べたあと、もよおしたので厠に入って腰を沈めると、壁を隔てた隣の厠から女の声が聞こえてくる。
「イカスミ、イカスミ、イカスミ・・・・」
疲れからか頭がぼんやりとしていた俺は、思わず声に出して復唱してしまった。「イカスミ・・・イカスミ・・・」。
「ぎゃー!」という、恥ずかしさの混じった声が聞こえたあと、「すみません、ひとりごとですんで・・・」と、上品な声が返ってきた。
聞けば、この寺には女性の部も存在し、そこでもオナニーの訓練をしているのだそう。当然男女は隔離されていて、接触する事は基本的には無い。
唯一の例外は、2週間後の大晦日、除夜の鐘突の時だけだ。
彼女は雪子と自分を紹介し、オナニーの修行をしていると屈託無く語った。
「わたしは、イク瞬間に、”イカ”が出てくるんです・・・」と、その苦悩を告白してくれた。
「それでイカスミとつぶやいてたんですか」
「はい。カレとのセックスの時もそうで、必死に動くカレのちんこが、イカに思えてくるんです。形も匂いも。師に相談したら、”セックスはオナニーの延長や。
だから、千里の道もオナニーからや”っていうもので」

その日以来、俺と雪子さんは、同じ時間に厠に来ては、オナニーを壁越しに報告しあうようになった。
俺の方はといえば、相変わらず児玉清は絶好調で、「16番に青が飛び込んだっ!」などと、エキサイトする始末だ。
余談だが、アタック25には、クイズ番組にありがちな「ピンポン!」とか「ブ~!」という効果音は無く、それらは全て児玉清の
「その通り!」及び「ダメッ!」等の声で代用されている。これは午後の座禅で児玉清を集中的に考えた時に気づいた事だ。
この辺にも、類を見ない児玉清の存在感が伺われる。

かたや雪子さんは、師の耳元ささやき攻撃を”溶かす”術を身につけつつあるようで、だんだんとイカの呪縛から解き放たれつつあった。雪子さんは言う。
「広告のコピーかな、コンドームの。”愛しているなら0.01mm離れて”ってのあったじゃないですか。でも、離れられなかったんです、少しも。
なんか、0.01mmでも離れているのが耐えられなくて。でも、ここにきて何となく分かり始めましたよ。世界を半眼でぼんやりと見れば、
ものの境界線なんて見えないです。触れているか触れていないかなんて、全然関係なかった。想いがひとつとなっているかなんです、重要なのは。
そうなってないから、想いが無いから、左脳で考えて、イカスミなんて発想が出てくるんだよね」

俺はうらやましいとしか言えなかった。
そして、まだ顔も見た事も無い雪子さんの素直さに惹かれつつある自分に気づいていた。
雪子さんは、すこし間をとって、続ける。
「今、壁を隔てて話しているけど・・・ひとつになってるって、感じてますよ」
この人にも心を見透かされた、と思った。禅的な目線を持つと、こうも人の心を見透かす事ができるのだろうか。

オナニーの修行は、日々続いた。師はどうやら児玉清のモノまねに凝ってしまったらしく、「ああ残念!赤の人は立ってしまわれたっ!」
と当意即妙なささやきを繰り出したりした。

その日の夜、師のモノまねを雪子さんに報告すると、あははと笑い、「その通り!とか、最近なんだか気合いが入ってるなあと思ってました」と言った。
「俺の修行は、まだまだですよ、ほんとに」とつぶやくと、雪子さんは少し押し黙ったあと「わたし、明後日の大晦日に、ここを出ます」
と、感情が無いような口調で言った。
師から「お前はもう大丈夫」とお墨付きをもらったらしく、確かにイカの呪縛からは解き放たれたとの事。
「本当に、すごいんです。光の中でイクっていうか・・・ものすごい快感だったんですよ、今日のオナニー。それを見て、師は”もういいだろ”って」
俺は、お祝いの言葉をかける事すら出来ないでいた。わき上がってくる切ない気持ち、抑えねばならない理性、それだけで手一杯だったのだ。
察してか、雪子さんは、「明後日の大晦日、ぜひお会いしてお礼を言いたいんですよ、帰ってしまう前に・・・」
俺は逡巡した。会って、この想いを、言葉にしたい。でも、今この状況で、想いは伝わっている。それをさらに言葉で規定するというのは、
禅的修行に反してしまう。
「いや、やめておきますよ。壁を隔てて想いをひとつにしたままで、別れます。ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。雪子さんからの返事は、声が小さすぎて聞こえなかった。

次の日、厠に雪子さんは来なかった。

大晦日。
境内に出てみると、あたりは昨晩降った雪で、白く染まっていた。暗闇の中から浮き上がるような白さが、辺りを神秘的に照らし出していた。
かがり火の横では、男根を模した除夜の鐘を、女修行者が数人でキャッキャと言いながら突いている。
俺は高台の石段に腰を下ろし、一年で一番活気があるだろう今を、薄らぼんやりと俯瞰していた。
頭の中には、雪子さんがいる。顔も見た事も無ければ、姿形も分からない。ぼんやりとして空気に溶け込むような、心地よいイメージが心を満たしている。
すると、遠くの道から異質な光がやってくるのに気づいた。車のヘッドライトだ。電気の無いこの寺で、その光は、まさに異彩を放っている。
車は山門の前に停まった。誰かを迎えに来たようだ。その近くに座っていた和服の女性が、ゆっくりと立ち上がり、車に向かって歩くのが見える。
振り返らない。そんなそぶりもない。俺はもはや確信していた。彼女が、雪子さんだ。
言葉をかけない、会わない、そう決意したはずだったが、彼女の後ろ姿を見て、もはや愛と衝動を抑える事は出来なかった。
ただ、俺の存在を知ってもらいたい。見てもらいたい。難しい言葉はいらなかった。
俺は立ち上がり、渾身の力をもって「イカスミ!イカスミ!」と叫んだ。
その瞬間、除夜の鐘がひときわ大きく鳴り響き、辺り一面を包む。
雪子さんは振り返らない。
俺の叫びは、煩悩をなくす鐘にの音に飲み込まれ、闇の中へと消えてしまった。

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