兄弟仁義

兄弟仁義

Date: 2004/06/30

三橋君のお兄さんは、容赦なくできる人だった。

僕は小学校低学年くらいの時、母親が強烈に薦めるのでボーイスカウトなるものに入っていました。そこでは募金活動やったらり意味不明に公園でキャンプをしたり、応急手当てやロープの粋な結び方などを習ったりしたものです。で、、そこに地域の子供が沢山集まっていました。

同じように親から半ば無理矢理に入れられた子供や、親父がボーイスカウトの世話に狂っちゃって大幹部、当たり前の如く入れられているその息子がいたりしました。そんな中に、三橋兄弟はいました。

三橋兄弟の弟は僕と同じ歳、同じ市内に住んでいるのけど小学校が違うのであまり仲良くはありませんでした。で、その三橋君のお兄さんがとにかくできた、素晴らしい人物だった。

彼はボーイスカウトの上級生の部に所属していたのだけど、とにかく周りからの信頼が厚い。下級生は勿論のこと、同年代、シニアの部、世話役の大人にまでとにかく信頼されていた。

物凄く優しかったし、僕も何度か親切にしてもらった。もちろん学校での成績も優秀だったらしいし、スポーツも万能、とにかく女にモテたらしい。ボーイスカウトの制服も良く似合っていたし、とにかくカッコ良かった。

多分、休みの度に母親に無理矢理いかされるボーイスカウトの活動の中でも三橋君のお兄さんは僕の憧れだった。あんな素敵な先輩みたいになれるなら、ボーイスカウト活動続けてもいいかな?って思えるほどだった。

その反面、三橋弟は酷いものだった。僕と同じ小学校低学年のくせに、既に髪はウルフカット。ワルグループに所属し、万引きやらの悪さに勤しんでいるという噂が伝わってきたほどだった。こんなワルがなんでボーイスカウトにいるのか知らなかったけど、兄とは対照的にとにかく酷かった。

こんな事件があった。

ある年の夏だったか、山奥のロッジみたいな場所に各支部のボーイスカウトの面々が集結し、その実力を競い合う競技会みたいなものがあった。もちろん我が支部も全力を挙げて参加し、優勝を狙っていた。

競技の内容ってのが、オリエンテーションみたいなのだったり、丈夫に縄を結んだりだったり意味不明なものが多かったのだけど、僕ら下級生スカウトは早鉛筆削り競争なる最も意味不明な競技に駆りだされていた。

スタートの号砲と共に100メートルほど先にあるテーブルまで走っていき、そこで小刀を使って鉛筆を削る。スピードと削りの綺麗さを競う競技で、これができることで人生に何のメリットがあるのか皆目意味不明な競技だった。

僕は不器用なので、スピード美しさ共に芳しくない結果だったのだけど、ワルなのにボーイスカウト三橋弟はもっと凄かった。

スタートの号砲と共にテーブルまで走ったのは良かったのだが、小刀の使い方が分からない。普通は鉛筆と平行に刃を走らせて削るものなのだが、何を思ったのか三橋弟は鉛筆と垂直に小刀を振るい始めた。

ガシュガシュ!とても鉛筆を削ってるとは思えない打撃音が響き渡る。ついには手元が狂ったのか、振り上げた小刀は鉛筆を支えていた手の肉を思いっきり削り取った。

一気に血に染まる鉛筆削り競技会場。阿鼻叫喚の生き地獄。周りのガキどもも飛び散る鮮血に動揺を隠せず、悲鳴を上げて逃げ回る始末。というか、モロに指の肉とかえぐれており、あまりのエグさに大人たちも呆然と見守るだけだった。こんな大人たちが偉そうな顔で応急処置のやり方とかを子供スカウトに教えているのだからヘソで茶が沸く。

そこに颯爽と現れたのは三橋兄だった。他の会場で競技中だった彼だったが、弟のピンチとなれば話は別。呆然とする大人を退け、逃げ回るガキどもを蹴散らし、弟の元に駆けつけて手際良く応急処置をしていた。

ハッキリ言ってメチャクチャカッコ良かったし、ああはできないと思った。僕は多分弟が眉間から血を吹きだしていても逆に逃げるし、むしろ関わり合いになりたくないとすら思う。その点で三橋兄は凄かったし、誰も到達できないカッコ良さに上り詰めていたと思う。

僕はその光景を競技終了者待合所みたいな場所で見ていたのだけど、そこで一つ思うことがあった。三橋兄はとにかく凄い人だ。能力もさることながら人間的にも優れており、弟への愛も物凄い。その反面、三橋弟はバカだ。鉛筆も満足に削れない、ウルフカット、学校ではワル、とにかく兄とは対照的過ぎる。

きっと、兄が余りに素晴らしすぎる人物だとそれがコンプレックスになってしまうんじゃないだろうか。何をしても兄と比較され、お兄さんはこんなんじゃなかった、もっとお兄さんみたいになれ、そういった周りの声が逆方向に弟を走らせてしまうんじゃないだろうか。出来すぎた兄を持ってしまった三橋弟の不幸、子供心にそう思ったものだった。

それから10年以上の歳月が流れた。

もう僕も成長して立派な大人。あの頃のボーイスカウトの思い出などとうに忘れていた。地元のパチンコ屋を咥えタバコで闊歩し、フラフラと打つべき台を物色していた。

当時は、麻雀物語という連チャン台が大ブレイクしている時代で、台をガンガン叩けば液晶がずれて大当たりするなんていうキチガイじみた嘘攻略法が大ブレイクしていた。

台に座る面々も見ていて爽快になるくらい豪快に台をガンガン殴っていたのだが、そこで僕は途方もなく懐かしい人物を目撃するのだった。

咥えタバコ、伸びきった無精髭、髪だってボサボサ、それでもって死んだ魚のような目をして台をガンガン叩く男、それが三橋兄だった。あの頃から十数年が経過し、見るも無残に堕ちた男は間違いなく三橋兄だった。

優等生だった面影もない、誰からも信頼された男の片鱗すら感じられない。優しかったあの瞳も存在しない。ただただ、液晶に写った絵柄を揃えるためにオカルトチックに台を叩く男がそこにいた。

うわ、嫌なもの見ちゃったな。憧れを憧れのまま、あの日の美しい思い出をそのままとっておきたかった僕だった。できれば堕ちた三橋兄など見たくなかった。けれども、見てしまったものは仕方ない、例え今は堕ちていようとも、ボーイスカウトで世話になった先輩だ、ココは一発挨拶でもしなくては。

そっと三橋兄の台に駆け寄り、

「こんにちは、以前ボーイスカウトでお世話になったpatoです」

と挨拶をした。三橋兄はリーチがかかったらしく、台を叩くのに夢中だったが、ふっと僕のほうを見ると

「おお、patoか、覚えてるよ。お前背が高くなったなあ、昔はチビだったのに」

などと、まるでヤクでも景気良く決めちゃってるような腐った瞳をして言っていた。

「まあいいや、ちょっと裏に行こうか」

そう言って彼は僕の肩をそっと抱き寄せてパチンコ屋の裏まで引き連れていった。

今でも思い出す、パチンコ屋裏手の物置みたいな場所。クーラーか空気清浄機の室外機が轟々と鳴り、朽ち果てた廃棄台が乱雑に捨てられている。そこで三橋兄は僕の肩に手をかけながらこう言った。

「なあ?金貸してくんない。あの台もうちょっとで出るからさ。昔世話してやっただろ?」

この人、何を言ってるんだろう。

なんかこの人、僕にカツアゲかましてるんですよ。貸さなきゃ痛い目みるぜと言わんばかりのジェスチャーで金を要求する三橋兄。あの日の面影なんてどこにもありませんでした。優等生だった三橋兄、信頼された三橋兄、優しかった三橋兄、もうどこにもいませんでした。

「これ、参考書買うお金なんで」

と伝家の宝刀のごとき言い訳を見せ付けてその場から逃げましたが、あの三橋兄の凋落ぶりに酷くショックを受けた僕の頬には、一筋の涙が伝っていました。

どうして三橋兄はああなってしまったんだろう。何が彼をあそこまで変えたんだろう。沢山考えましたが、何も分かりませんでした。

それから数日後、街でばったり三橋弟に会いました。彼と会うのも兄と同じくボーイスカウト以来でしたが、彼もまた豹変していました。

なんというか、あの日のウルフの面影はなく、普通に真面目そうな好青年になってました。で、僕は三橋兄にカツアゲされかけたことを彼に告げたのですが、彼はシッカリと

「あのバカ。パチンコ屋にいるのか。今度またパチンコ屋で会ったら家に帰って来いって伝えてや。いや、帰ってこなくてもいいから、サラ金の借金だけちゃんとしろって伝えておいて」

と、物凄く一般常識を理解してますっていう顔で言ってました。なんでも、兄は末は博士か大臣かと将来を嘱望されていたのですが、高校卒業から豹変、定職についたり辞めたりを繰り返していたそうです。で、ある日フラリと家に帰ってこなくなり、消費者金融の請求書だけが実家に届くようになったそうです。

「あのバカ、親に迷惑ばっかりかけやがって!」

怒りに打ち震える三橋弟の瞳は、あの日のダメ弟ではありませんでした。何かの責任というか、何かの使命というか、そういうのをシッカリと理解した大人の男の目をしていました。

僕には三橋兄に何があったのか分かりません。三橋家のお家騒動にも興味はありません。けれども、たった一つだけ言えることがあります。あの日、出来た人だった三橋兄にダメなヤツだった三橋弟。それが今ではすっかり逆転してしまっている。

兄が出来すぎると弟がコンプレックスによってダメになる。けれども、兄がダメになると今度は「俺がシッカリしなきゃ」と弟がシッカリするようになる。2人兄弟ほど兄と弟は相反する鏡みたいなもので、お互いを映しあいながら補足しあっているのではないか、そういう傾向が強いのではないかと思ったのです。

この三橋兄弟のエピソードをフッと思い出したとき、僕は一つの不安が頭をよぎりました。

「もしかして、ウチの弟は僕にコンプレックスを持っているんじゃないか。あまりに出来すぎる兄である僕。それに劣等感を感じ、弟は苦しんでいたんじゃないか」

急に申し訳なくなった僕は、弟に「出来すぎた兄でごめんな」と謝ろうと電話をかけました。すると、電話口の弟は、

「今日な、オバサン(親父の姉)が来たよ。なんか兄貴はチャランポランでどうしようもないし、何も期待できない、というか犯罪さえ起こさなければ御の字。だからお前が家を継ぐんだぞ!って何回も何回も言われたよ。どうなってんだあのオバサン。あ、そうそう、どうでもいいけど3万円早く返せよ」

と言ってました。なんてシッカリした弟だ。

携帯電話を握り締め、西の空を見ると夕日がちょっとだけ目に滲みました。

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