英雄の挽歌

英雄の挽歌

Date: 2004/06/23

小さなコミュニティ、英雄になるのは簡単だった。

最近ではとにかく凄いガキがいるもんで、小中学生でアイドルだとか芸能人だとか、雑誌に乗るような功績をあげたりだとか、世界大会に出ちゃったりとか、ある種の低年齢化が止めどない勢いで進行しているように思う。芸能人にしてもスポーツにしても、知能にしても、とにかく低年齢化だ。

そんな凄い功績だとか才能を持ったガキが普通にゴロゴロしている状態では、クラスの英雄になるのは難しい。万物の低年齢化や情報化社会の発達は子供たちを無感動なものにし、クラスの中から英雄を消し去ってしまった。

そりゃあ、同年代の女の子がアイドル最前線で大活躍してるのを知ってれば、クラスにちょっとばかりカワイイ女の子がいたって凄いとは思わないし、オリンピックだとか目指すがガキがいるのを知ってればちょっとスポーツが得意なヤツがいても凄いと思わない。

要は、最近のガキは広い世界を良く知ってるし、上には上がいることも理解している、それでもってあらゆる事柄の低年齢化が同時に進行していく。それらが相まってクラスに英雄は存在しないし、どこか子供たちも冷めてて無感動になってしまってる。

英雄不在のクラスで学校生活を営むってのは、ある意味では個の発達と言うことも出来るし、団体意識の欠如と言い換えることも出来る。英雄を中心にクラスがまとまることもないし、意識が中へ向かない。それでもって、クラスという入れ物自体も存在価値のないものに成り果ててしまっている。そんな気がする。

こういった英雄欠如の状態が、少なからず学級崩壊やら少年少女の凶悪犯罪に影響を与えていると僕は思うし、あまり芳しくない状態なんじゃないかって感じている。

僕らが中学生だった時代、クラスの英雄になるのは簡単だった。

今ほど低年齢化は発達してなく、芸能人だってスポーツ選手だってみんな大人で、同年代に凄いヤツがいるなんて思いもしなかった。そういうのはいたのかもしれないけど、田舎だったこともあり情報はほとんど入ってこなかった。で、小さなクラスという囲いの中が全世界だったし、その中で英雄が確かに存在した。

一番勉強できるがり勉君も天才という名の英雄だったし、一番カワイイ子もアイドルという名の英雄だった。リーダーシップがあるヤツも勿論だし、ひょうきんなヤツも間違いなく英雄だった。皆がクラスに意識が向いていたし、その中でそれぞれの英雄が確かに存在した。

けれども、そんな天才やアイドルなんていう英雄を遥かに凌駕し、クラス中で崇め奉られ、さらに簡単になれる英雄が存在していた。

何がそうなのかというと、ぶっちゃけ、学校にエロ本を持ってきたヤツが英雄だった。

全男子が神として崇め、そいつは一気にクラスのスターダムにのし上る。どんなパッとしない男だって、いじめられっこだって、もやしっこだって、エロ本を持って来たその瞬間から英雄。そんなシンデレラストーリーがいくらでも転がっていた。

当時中学生だった僕らエロガッパどもは、「遊人」という天才漫画家が描いたエロマンガに夢中だった。校内写生、ANGEL、美味しんぼパパ、それらのマンガは未曾有のエロさで、純情な中学生男子のハートを鷲掴み、空気入れすぎたタイヤみたいに股間をパンパンにさせて読んだものだった。

これらのマンガは、現在では「成年コミック」として扱われ、規制によって小中学生は購入できなくなっているけど、当時は規制一歩手前、するかしないか、青少年への悪影響と表現の自由の狭間で揺れ動いている時期だった。だから、その気になれば中学生でも購入できたし、鬼のようにオナニーウェポンとして用いることだって可能だった。

ただ、エロだけど純情な中学生にとって、本屋でエロマンガを買うって言うのは思いの他ハードルが高く、恥ずかしすぎて本屋で心が折れてしまったり、親に見つかったら困ると考えたり、小遣いの問題で買えなかったり、と様々な要因がインターセプトしてきて僕らはエロ本を買えずにいた。

だから、そんな困難を乗り越えてエロ本を購入し、それを学校に持ってくるやつなんてまさに英雄だったし、神に近いぐらい神々しく輝いて見えたもんだった。才能も努力も容姿も要らない、ただエロ本を持ってくるだけでクラスの英雄になれる、そんな良き時代だった。

その中でも、特に凄かったのはクラスの山本君だった。彼はチビでネクラで勉強もできなくて、いまいちパッとしない人物で、正直クラスにいてもいなくてもどうでもいい存在だった。そんな彼がある日、学校にエロマンガを持ってきた。しかも、遊人のANGEL全巻セット。

熱狂の渦が押し寄せる。男子たちの熱狂的ウェーブはクラス中を包み、レンタルビデオショップの話題映画の最新作以上の回転率でクラス中を駆け巡った。もちろん、どうでもいい存在だった山本君は英雄に上り詰め、だれもが彼のことを尊敬し、媚びへつらってANGELを見せてもらったものだった。あの時の山本君の得意気な顔、権力に酔いしれた独裁者の顔、僕は今でも忘れない。

次の日、山本君は気を良くしたのかさらに新作を携えて登校してきた。

数冊の真新しいエロマンガ単行本。二日連続の大盤振る舞いに英雄はさらに英雄になった。もはや数日前の陰気な山本君の面影などない。いるのはエロマンガマスターとして誇らしいほどに堂々としている山本君のみ。彼はこの日、最高の賞賛を手に入れた。

次の日も次の日も、山本君は新作のエロ本を学校に持ってきた。もう、持って来るネタが尽きたみたいで、SMだとかホモっぽいのだとかハードコアなエロ本に変わっていたけど、それでも彼は新作エロ本僕らにドロップし続けた。もう、誰も彼のことを山本君などとは呼ばない。敬意と尊敬をこめてマスターと呼んでいた。

そんな発電に使えるんじゃないかと言うほどのエロの熱狂の中、僕はふと疑問に思った。どうして彼はそんなにエロ本を手に入れることができるのか。考えれば考えるほど不思議だった。そんなにエロ本を買えるほど度胸があるとはおもえないし、金が続くとも思えない。エロを極めた兄貴とかがいて、その兄貴のエロ本を流用してるとかなら分かるけど、彼は兄弟もいないはず。本当に不思議でした。

「マスター、どうしてそんなにエロ本を手に入れれるんすか?」

クラスメイトに質問するだけなのに微妙に丁寧語という点からも彼の英雄っぷりが伺える。で、この質問に対する彼の返答は

「簡単だよ。今日も仕入れに行くからついてくる?」

といったものだった。その言いっぷりには王者の風格すら漂っていた。仕入れという言葉を使うこと自体が業者っぽく、プロフェッショナルの気品すら感じた。

放課後、エロマンガマスター山本のお供で町を歩く僕。今日こそヤツのエロ本の秘密を解き明かしたいと思っていた。あわよくば、僕もそのノウハウを手に入れて英雄に成り上がりたい、そう思っていた。

「ついたよ、ここで仕入れるんだ」

彼が案内してくれたのは商店街の一角にある小さな本屋だった。なるほど、見た感じ怪しげな店構えで一瞥してエロ系の書籍が充実している店だと分かる。彼はここでエロ本を入手していたのか。それならばあの品揃えの良さも理解できる。でも、そんな何冊も購入できるほど彼は裕福なお小遣いライフを送っているのだろうか。まだ疑問が残った。

「まあ、ここで見ててよ」

そう言って店の中に入る山本君の後姿は、禍々しきオーラに満ち溢れていた。ま、まさか・・・。

そのまさかだった。狩人のような目に変わった山本君は、いや山本容疑者は神の如き素早さでエロ本を自身のカバンに収めた。次から次へと、店番のオッサンの目を盗んではエロ本を的確に万引きしていく。そりゃやりすぎだろ、と言わざるを得ないほど盗んでいく。

衝撃だった。これがクラスの英雄の正体だった。万引きする危険度はあると言うものの、金もかけず恥ずかしさに耐えることもなく、彼はお手軽にエロ本を手に入れ英雄になったのだ。見ていた僕は恐怖で膝から下がガクガク震え、自分が万引きしたわけでもないのに、「店のおじさん、ごめんなさい」と申し訳なくて夜も眠れないほどだった。

小さなコミュニティ、英雄になるのは簡単だった。

山本君は英雄になるため万引きに手を染めた。しかし、その山本君の天下も数ヶ月ほどでしか続かず、僕らの英雄はそのうち学校にこなくなってしまった。なんか、気が付いたら転校していた。

なんでも、エロ本の万引きで味を占めた山本君。駐車中の乗用車からクレジットカードを盗み、御用となったらしい。あれほど大人しかった山本君が警察のご厄介になったことは衝撃だったが、それ以上に僕らはもうエロ本の新作を見られないことを悔いた。

結局、どういう扱いだったか忘れたけど、山本君は山奥の矯正施設みたいな場所に入れられることになったらしく、僕らの前に二度と現れることはなかった。そう、英雄だった山本君は伝説となったのだ。小さなコミュニティ、伝説になるのは簡単だった。

英雄不在の現在の子供社会、それがクラスの不協和を引き起こし、少年犯罪に結びついている可能性があると序盤で述べた。けれども、僕らの時代は英雄になるのは簡単だったけど、それ以上に英雄になるために悪事に手を染めるやつが多かった。タバコ吸って英雄になるやつや、バイクを盗んできて英雄になるやつ、そいつらはみんな英雄になり、そして伝説になっていった。

今も昔も子供は悪いことをする。そのシチュエーションや凶悪度は違うかもしれないが、そんな子供の悪さって変わらなくて、ただその情報が伝わるスピードが違うだけなんじゃないだろうか。ことさら、「最近の子供は」「荒れている」「インターネットやテレビゲームの悪影響」というのは少しピントが違うような気がしてならない。

小さなコミュニティ、英雄になるのは簡単だった。

僕の中での英雄、山本君。今ごろどうしてるかなって、エロ本を見るたびに切なく、胸が締め付けられる思いがする。まあ、オナニーしたらすぐ忘れるんだけどな。

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