祖父の耳

祖父の耳

Date: 2003/08/14

人は誰しも心にトラウマという名の魔物を抱えているものです。

いい歳した大人がピーマンが怖いと言ってみたり、狭い場所が怖いと言ってみたり、普通では考えられないようなものを怖がったりする。おおよそ普通の感覚では理解できないものに恐怖を感じることがあります。

大体、そういった特殊な恐怖というものは、何もない場所から生まれるものではなく、幼い頃の恐怖体験や勘違いなどがトリガーとなって発現されているような気がします。つまり、幼い頃のトラウマが特殊な恐怖を演出しているのです。つくづく、人の急所とは心なんだなと思います。

かくいう僕も、おおよそ普通では考えられないような物が怖かったりします。それは「耳かき」だったりするのですが、これがもう、とにかく怖い。

僕の小学校からの友人に、「耳の穴に異物を挿入されるのが嫌だ」と頑なに耳かきを嫌っているヤツがいました。なんでも、幼い頃に親に無理やり耳かきを施され、途方もない激痛を感じたそうです。彼はそれがトラウマとなり、竹の耳かきや綿棒を用いた耳かきを頑なに拒否していました。

で、そんな彼がどうやって耳に溜まった耳クソを処理していたかというと、小指の爪だけをアホのように伸ばし、それを鋭利に研ぎ澄まして耳の穴の清掃に用いていたようです。

彼曰く、竹の耳かきや綿棒は信用ならない、自分の体の一部である爪なら信頼が出来る、ということらしいです。熱心にその説を唱えながら、彼は必死に小指の爪を耳の穴に挿入していました。

僕はその彼とは逆で、耳かきをされるのは大変好きです。竹の耳かきや綿棒でグリングリンと耳の穴を掃除されると、なんともいえぬ快感を得られるものです。これを怖い、信頼ならないと言ってのける友人のことが心底信じられなかったものです。

耳かきをされるのは好き、自分でセルフ耳かきを楽しむのも好き、けれども、人の耳を清掃するのだけは怖くてたまらない。そんな特殊な恐怖が僕にはあるのです。

彼氏が彼女に膝枕をしてもらい、テレビを見ながら耳掃除をしてもらう。これはもう、おセックスに次ぐ愛情表現だと巷では囁かれています。

「もう、高志ったら、いっぱい溜まってるぞ」

なんて彼女がかわいく言えば、

「おう、もうちょいその辺をガリガリと、ん、そうそう」

なんて会話がなされているものです。

「じゃあ交代ね。今度は高志がやって」

ここで攻守交替。今度は彼氏の膝の上に彼女の頭が乗っかり、同じように彼女の耳の穴を掃除してあげる。そんな腐った光景が今夜も町の至る場所で繰り広げられているのです。穴に棒を突っ込むという点では、耳かきもおセックスも大差ないのです。

しかしながら、耳かきをされるのは好きだけども誰かにするのは怖くて出来ない僕。これではおセックスの代名詞ともいえる相互耳掃除が成立しません。愛でるようにお互いに耳掃除をし合う、そういった愛情表現が欠落してしまっているのです。

「他人の耳をほじるのが怖い」、このような特殊ともいえる僕の恐怖も、同じように幼き日の体験がトラウマとなって作用しているのです。

小学生くらいの幼き頃、僕は耳かき大好きっ子でした。定期的に親父がやってくれる耳掃除も大好きでしたし、家族の耳を掃除するのも大好きでした。いや、むしろ誰かの耳を掃除したくてたまらないほど他人に耳かきを施すことが大好きでした。

竹の耳かきを片手に、誰彼構わず家族を捕まえては耳掃除をしていたような気がします。親父に母ちゃん、弟などを捕まえては狂ったように耳掃除をしていました。

きっと、幼く無力な自分の力が誰かの役に立つってのが嬉しくて仕方なかったのだと思います。自分のスキルが誰かの役に立つ、最初こそはそんな献身的な動機でしたが、次第にそれは間違った方向に向かっていきました。

とにかく耳クソを取りたくて取りたくて仕方ない症状に陥ってしまったのです。なんというか、親父の耳とかからボロッと大物の耳クソが取れた時など、えも言われぬ快感がこの身を襲ったものでした。そして、まだまだ耳クソを取りたい、もっと取りない、などと渇望するのに時間はかかりませんでした。

しかしながら、人間の耳クソなんてそうそう溜まるものではありません。毎日毎日家族を捕まえて取ってるものですから、家族の耳はそこらへんの場末の診療所より綺麗なんじゃないの?と思うほどにクリーンアップされていました。

「けっ、ぜんぜん耳クソがねえじゃねえか、次までに溜めとけ、コノヤロウ」

などと、弟にムチャクチャな要求をしたものです。ホント、あの頃の耳クソを求める僕は病的だった。

家族じゃ埒があかん、そう考えた僕は、「友人に取らせてもらおうかしら」、「いやいやいくらなんでも友人に耳かきは変だ」などと葛藤したり、ウチで飼っていた猫を捕まえて耳掃除をしようとして本気で引掻かれたりと孤軍奮闘していました。

なんでもいい、とにかく耳クソを、耳クソを取らせてくれ。それはもう病気でした。

そして、耳クソ禁断症状に追い込まれた僕は途方もないことを閃いたのです。まるで閃光のようにグッドアイディアが閃いたのです。

「まだ家族で耳掃除をしてないヤツがいる!」

それは祖父でした。当時、脳血栓を克服し、半身麻痺ながらも半寝たきり状態だった祖父は、家族の中で近寄り難い存在でした。母ちゃんが献身的に介護をしていましたが、その母すらも元々体が弱く介護が必要なくらい。おまけに介護のストレスからいつもイライラしていました。親父は親父であのバカですから、我が家は途方もないカオスな状態でした。

なんというか、幼い僕にとって寝たきりの祖父というのは近寄り難く、正直言ってあまり近寄りたくないという思いがありました。なんだか、半身麻痺でトイレに行くこともままならず、部屋の隅に置かれたオマルまで這っていってウンコをする祖父が怖かったのです。

けれども、耳クソに対する渇きを感じていた僕は止められませんでした。いくら祖父に近寄りたくないと言う思いがあっても、それ以上に耳クソを取りたくて仕方ありませんでした。

それに僕には大きな勝算がありました。いくら母ちゃんが必死で祖父のことを介護してるとはいえ、やはり介護に疲れきっているのです。飯を食わせたりオマルの掃除をしたり体を拭いてあげたり、それらに必死でとてもじゃないが耳掃除まで手が回っていないんじゃないだろうか。そんな期待があったのです。

これはかなり大物(の耳クソ)が期待できる!

もう我慢できなくなた僕は、自分の武器とも呼べる竹の耳かきを手に取り、祖父の下へと走りました。

「おじいちゃん、耳かきしてあげるよ」

多分屈託のないだろう笑顔でそう言うと、僕は早速祖父の耳掃除に取り掛かったのです。

体調が良かったためか、ちょどその時祖父は起き上がってコタツにあたるような感じで座っていました。いつもは寝てばかりだったのですが、稀に起き上がってることもあったようです。

さすがにその体勢から寝転がらせる、さらには膝枕をするなど途方もない大仕事です。多分、幼き僕に半身麻痺の祖父をそこまで動かすことはできません。仕方なく、そのままの体勢で耳かきをすることを決意しました。

丁度、アグラをかいて座っている大勢の祖父の耳を、僕が中腰で覗き込むような体勢だったと思います。耳かきの体勢としては異例とも思える格好ですが、それでも仕方ありません。そこに大物の耳クソがあるのなら挑むまでです。

「どれどれ、どんな大物がいますかな」

ワクワクと弾む胸を抑え、期待イッパイに祖父の耳の穴を覗き込みました。そして、そこには僕の想像を遥かに凌駕する途方もない光景が。

耳の穴がない・・・・。

これには恐怖すら覚えました。震撼しました。全米が震撼しました。だって耳の穴がないんですよ。普通に耳の穴がないとかじゃなくて、堆積した耳クソが耳の穴を塞いでいるんですよ。もうなんというか、大物過ぎ。有り得ない。一体何年耳掃除してないねん、って突っ込みたくなったもの。

祖父の耳に地層のように堆積した耳クソ。オウムのウンコみたいに堆積した祖父の耳クソ。ハッキリ言って驚愕しましたよ。耳かきを持つ手がプルプル震えたもの。つーか、その異様さにちょっと吐きそうになった。耳クソが耳の穴を塞いでる光景に吐きそうになった。

でもね、恐怖と同時になんだか悲しい気持ちになったのですよ。こんなに耳クソが堆積していたら聞こえるものも聞こえないはずです。祖父的にもかなり気持ち悪かったはずです。でも、祖父は何も言わなかった。

きっと祖父は遠慮していたんだと思います。元々無口な人でしたし、介護してくれる人は母さんといえども、祖父から見れば息子の嫁。根本的には他所の家から貰ってきたお嬢さんです。

そんな人にウンコの始末や体を拭いてもらったりなど世話を受けている。それだけでも恐縮なのに、その上に自分の要求など言えなかったのだと思います。耳クソを取ってくれなどと言えなかったのだと思います。

そして、それに気付いて上げられなかった僕ら家族。自分の体を省みずに必死で看病していた母を責める事はできませんが、少なくとも僕は気がついて上げられたはずなんです。もっと早く祖父の耳クソに気がついてあげられたはずなんです。

それを、半身麻痺の祖父に近づき難いとか何とか言っちゃって、全く気付こうとしなかった僕。こんな風に耳の穴が塞がるまで放置してしまった僕。ホント、申し訳ないと言う他ない。

「おじいちゃんごめんね、おじいちゃんごめんね」

涙涙の耳掃除。堆積した耳クソが気持ち悪いとか、ひび割れた皮膚が気持ち悪いとか言ってられない状況で、ただただ熱心に祖父の耳を泣きながら掃除する僕。

それはもう耳掃除とかそういった次元の話ではなく、竹の耳掻きで耳に穴を開ける作業、耳を貫通させる作業と言った方が正確でした。普通は、耳掻きのさじ位の大きさの耳クソが取れると、「大物だ!」と感動に打ち震えたりするのですが、もはやそんな低次元のお話ではない。ステージが違う。

もう、突く場所突く場所全部が耳クソだからね。ベリベリと耳クソの壁を剥がすような趣で、とにかく必死なまでに耳を貫通させることに専念してた。

で、ここからが悲劇ですよ。

最初こそは、「おじいちゃんごめんね」と涙涙の耳掃除でしたが、大量の耳クソという金脈を見つけ出してしまった僕、次第に耳掃除する野画楽しくなっちゃって、またもや耳クソを渇望する悪い癖が湧き上がってきたんです。

耳の穴を塞いでいた耳クソは、なんか入り口辺りぐらいしか存在せず、すぐに穴は貫通したんですけど、それでもやはり内部には多量の耳クソが存在している。一片たりとも耳クソは存在させないぜ、なんて職人魂を燃やしてしまった僕は、もうガリガリと鬼のような勢いで祖父の耳をほじり始めたんですよ。もう一心不乱に。江戸時代の彫師の魂が乗り移ったんじゃねえかという勢いで。その瞬間でした。

ガリッ!

なんか祖父の耳の中を掻き毟るとんでもない手応えが竹を通じて伝わってきたのですよ。尋常じゃない手応えがべリッと。

その刹那、祖父の耳からは血がジンワリと流れ出してきました。なんというか、大量の耳クソを伴って流れ出てくる鮮血は心なしか赤黄色っぽかった。

そして途方もない恐怖を覚える僕。

大体、テレビなんかで耳から血を流してる人といえば死体が相場です。頭を殴打されて耳から血を流して倒れている人などをテレビで見ていた僕の中では、「耳から血を流す=死ぬほどの大怪我」というアホのような図式ができあがっていました。

さすがに耳の中からジンワリ出血ですから、喉笛を掻っ切った時のようにブシュブシュと血が吹き出るわけではありませんでしたが、それでも僕にとっては大変な恐怖。

「やばい、耳掻きでおじいちゃんを殺してしまう」

などとほんのりと血のついた竹の耳かきを手に震えたものです。

それでも全く動じず、耳から血を流しても微動だにしない祖父は即身仏みたいで、別の意味で恐怖でした。もうちょいリアクションとってよおじいちゃん。

結局、流れくる鮮血にどうしていいか分からなくなってしまった僕、さらにはミイラのように微動だにしない祖父。と何がなんだか分からなくなった僕は血のついた竹の耳かきを手にただただ泣くだけでした。

結局、この体験がトラウマとなり、その後は家族を捕まえて耳掃除をすることはなくなりました。他人の耳を見るとどうしても血が噴出してくるようなきがしてならないのです。そしてその思いは未だに連綿と続き、他人の耳掃除を全く出来ない体になってしまったのです。

おセックスに次ぐ愛情表現である相互耳掃除。穴に棒を突っ込む擬似おセックスという名の耳掃除、それを他人にしてあげることができないのです。

トラウマや特殊な恐怖、その訳さえ聞いてしまえばなんてことないのですが、当人にとっては重大な問題なのです。そんなお話でございました。

ちなみに、自分で自分の耳掃除をするセルフ耳掃除は大得意です。やっぱ耳掃除は擬似おセックスだよな。耳掃除もおセックスもセルフでするのは大得意だぜ。

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