Numeri日記の作り方

Numeri日記の作り方

Date: 2003/07/20

たまにですが、「毎日あんなにも長い日記をどうやって書いてるんですか?」と尋ねられることがあります。これはもう僕としても「キーボードでタイピングして書いてます」と答えるしかないのですが、さすがにそれでは質問の回答としてはあまりに不親切。そこで、今日はちょっと「作り方」とか書くと凄く偉そうなんですが、僕がどのようにして日記を書いているかご紹介したいと思います。

まずはじめに、僕の日記執筆手法としましては、「下から書く」というものが挙げられます。早い話がオチから書く。いや、オチは最後に書きますから、正確にはクライマックス部分を最初に書くということになります。実際に起こった事実を簡潔にクライマックス部分として据え、日記を書き始めます。

例えば、「泡だらけになったヌルヌルのゴキブリが襲いかかってきた」という事実があります。これは実際に僕の身に起こった出来事なのですが、これを日記のクライマックスに持ってこよう、と考えるわけです。この時点で他の部分は何一つ考えられていません。

さらに、「泡だらけになったヌルヌルのゴキブリが襲いかかってきた」だけでは、読んでいる人を笑わせることはなかなか難しいと予想されます。そこで、このクライマックス部分を多少肉付けします。

1.
泡だらけになったゴキブリが襲いかかってくるんです。

もうなんかヌルヌルで、その黒いバディを悪魔のように光らせて突進してくるんですよ。

まるでキチガイのように、子猫を失った母猫のように、猛然とゴキブリが僕に向かって突進してくるんです。ダッシュダッシュダッシュ!キックエンドダッシュ!といった趣で、まさに僕を殺ってやる!という気概で突進してくるんですよ。まさに気迫とか闘魂とか、そんな類の熱いゴキブリだったね。殺されるかと思った。

これでクライマックス部分は完成です。 あと、さらにこの後に起こった事実を付属して書き加えます。

2.
しかもなんか、僕が手に持ってたエロ本とかで叩き殺そうとするんですけど、それを敏感に察したゴキブリのヤツ、ブヒヒーンとか飛ぶんですよ。泡だらけになって、僕の目にめがけて飛んでくるの。喧嘩になったら相手の目を狙えって鉄則があるけど、まさにその戦法を実践してるわけですよ。このゴキブリは。

1と2を足すことによって、日記の後半部分はほぼ完成です。あとは、どうしてゴキブリが泡だらけになって襲いかかってきたのか、という部分を読者に伝える必要があります。

3.
ほら、なんか「知って得する!家庭雑学!」みたいなヤツでやってるじゃないですか。ゴキブリが現われたら洗剤をかけろ、そうしたらすぐに死ぬから、とかやってるじゃないですか。

これで十分にゴキブリが泡だらけになっていた理由が説明できるのですが、これではいまいちパンチ不足。そこで、その脇にある薀蓄を語り、頭の悪いお姉ちゃんなどに微妙にアッピールします。

4.
「洗剤をかけたらゴキブリが死ぬ」なんてのは、別にゴキブリが汚い生物で、それを洗い落とすから洗剤が良く効くって訳ではなく、洗剤の持つ特性に由来する部分が大きいのですよ。

洗剤ってのは、いわゆる「界面活性剤」と呼ばれるもので、同じ分子中に油に良く馴染む部分と、水に良く馴染む部分を持ち合わせています。つまり、普段は相反する水と油をくっつける働きをしているわけです。だから油を主体とする汚れなんかが洗剤を使うと水と馴染んで落ちるわけ。

ですから、ゴキブリなんてのは油の塊みたいなものですから、洗剤をかけると、洗剤中の油に馴染む部分がボコボコとゴキブリにくっつくんですよ。そうすると、ゴキブリの呼吸をする部分が洗剤によって塞がれてしまうことになり、そのまま窒息して昇天となるわけなんですよ。

原始的に新聞紙やらを丸めてゴキブリを叩き潰すのではなく、知的に理系っぽく、理論的にゴキブリを退治する僕。なんてカッコイイ

これで、アッパーパーなお姉ちゃんにアッピールすることができました。これで「patoさん素敵、抱いて」とかメールが来るだろうと期待します。さらに、「知的にゴキブリを追い詰める」という前フリができましたので、クライマックスの記述の部分に加筆をし、少しばかり流れに繋がりを持たせます。

1.
泡だらけになったゴキブリが襲いかかってくるんです。

もうなんかヌルヌルで、その黒いバディを悪魔のように光らせて突進してくるんですよ。

まるでキチガイのように、子猫を失った母猫のように、猛然とゴキブリが僕に向かって突進してくるんです。ダッシュダッシュダッシュ!キックエンドダッシュ!といった趣で、まさに僕を殺ってやる!という気概で突進してくるんですよ。まさに気迫とか闘魂とか、そんな類の熱いゴキブリだったね。殺されるかと思った。もう知的な僕じゃいられない。夢見る少女じゃいられない。

1番の部分にこう書きますと、2番の部分が物足りなくなってきます。知的と相反し、もっとクレイジーに取り乱している描写が欲しくなってくるところです。そこで、2番をもうちょっとクレイジーに書き換えます。

2.
しかもなんか、狂ったサルのように、彼氏に浮気されて怒り狂ってハンドバックで乱れ打ちをする女のように、ウキーッてな感じで手に持ってたエロ本とかで叩き殺そうとするんですけど、それを敏感に察したゴキブリのヤツ、ブヒヒーンとか飛ぶんですよ。泡だらけになって、僕の目にめがけて飛んでくるの。もう呼吸が止まる止まる。死ぬる死ぬる。まさにパニックルーム。

喧嘩になったら相手の目を狙えって鉄則があるけど、まさにその戦法を冷静に実践してるわけですよ。この泡ゴキブリは。

最初の冷静な僕とは対照的に取り乱す僕。さらにそれと対照的に冷静に的確な攻撃を行うゴキブリという図式ができあがりました。

ここまで書いてみて、このお話の主題は「ゴキブリには洗剤が効果的」という聞きかじった情報を実際に実行し、とんでもない目にあった、という部分にあることが見えてきます。

そこで、この事実から連想を行い「百聞は一見にしかず」という言葉を大元的な主体に据え置きます。これを下に、日記の出だし、導入部分を作成します。辞書を開いたりしてこの諺に対する正確な知識も仕入れておきます。

5.
「百聞は一見にしかず」という言葉があります。

ご存知のとおり、何度聞くよりも一度実際に見て知り、確かめる方がよく分かるといった意味を含むものです。

日記の導入部分は、多くの人の関心を引き寄せる内容でなくてはいけません。そうでなくてはこれだけの長文を読んでくれる人はなかなかいない。なるべく多くの人が読む気になるよう、事例を交えて主題部分を分かりやすく説明します。

5.
「百聞は一見にしかず」という言葉があります。

ご存知のとおり、何度聞くよりも一度実際に見て知り、確かめる方がよく分かるといった意味を含むものです。

例えば、アフリカ地方の飢餓の問題など、話に聞くだけではどれだけ残酷な状態なのか伝わりにくく、なかなか募金をする気も起きないものです。しかし、実際にアフリカに赴き、その飢餓の様子を目の当たりにした人ならば、「自分も何かしなくちゃならない」などと心動かされたりするものです。

さらに、ここから文量稼ぎとして、少しばかり話を膨らませます。やはり生きている人間が書いているものですから、時事問題などタイムリーな話も絡めます。それとなく、先に書いたクライマックス部分と繋がるような流れにすることも忘れてはいけません。さらに、ゴキブリクライシスのバカらしさを盛り上げるため、この部分はなるべく真面目に記述する方が望ましくなってきます。

6.
自衛隊のイラク派遣にしてもそうで、どれだけ現地の治安が悪化しているか、どれだけ危険なところに自衛隊員が赴くことになるのか、ニュースを聞いているだけの我々や政府のお偉方には伝わってこないのです。実際に知るのはイラクを訪れた自衛隊員だけ。

我々人類の発展は、好奇心に寄る部分がかなり大きい。これをこうしたらどうなるのか?どうやったらこれができるのか?知りたいという思いが科学を発展させ、人類の進歩を大きく支えてきました。

しかしながら、同時に我々は、身の安全を守るという生物本来の防衛本能を有しています。どんなに好奇心が働こうとも、これを実際にやってしまったら自分の身が危険じゃないだろうか、危なくないだろうか、となかなか行動に移せないものなのです。

百聞は一見にしかず。とは言うものの、行動と伝聞のバランスが程よく取れていることが大切なのです。何事も実際に確かめるでは、体と命がいくつあっても足りません。

そろそろ徐々にシフトダウンし、後半のゴキブリクライシスにつなげやすくします。この辺はやや強引でも構いません。

7.
例えば、僕がよく日記などに記述する「コンビニで見かけるカップルはむかつく」という情報。これも聞いているだけでは、「ああ、ムカつくんだな」と思う程度で、その本質を窺い知ることはできません。

けれども、「百聞は一見にしかず」と、実際に週末夜のコンビニに赴き、ドリンクコーナー前でイチャイチャと絡み合う風呂上りカップルを見たりなんかすると、この言葉の真の意味が分かったりするものです。それと同時に、ムカムカと精神的に健全ではない状態になり、下手したら殴りかかってしまいそうな状態に陥ったりするのです。すると、喧嘩の強そうな彼氏に返り討ちにあったりする危険性も格段に高まるのです。

真実を知ることは、いつも危険で心苦しいもの。それを踏まえて「百聞は一見にしかず」という言葉を使わなければならないのです。何でもかんでも確かめて知れば良いという問題ではない。

さあ、ここまで書けばほぼ完成です。あとは前半の導入部分と後半のゴキブリクライシス部分を繋ぐジョイント部分を書けば完成です。

8.
先日も、こんな事件がありました。

いつもの如くアパートの部屋でエロ本を読み、物思いに耽ったりオナニーに耽ったりしていたのですが、すると壁際から異様な存在感が漂ってきたのです。圧倒的存在感で、僕を地獄の底に叩き落すような生物が迫り寄ってきていたのです。

そう、それはゴキブリ。一人ぐらしパートナー。汚い部屋のパートナー、ゴキブリ。3センチはあろうかというゴキブリが、まるで僕のことを監視するかのように壁際に佇み、ジッとこちらを伺っておりました。

勘違いしないでいただきたいのですが、僕はゴキブリ程度で取り乱す男ではありません。「あら?ゴキブリかしら?」と、まるで午後のティータイムのような優雅さで彼に対して心の余裕すら見せつけていました。

そして、「無益な殺生などしたくないのだが、仕方ない」とソッと心でつぶやくと、台所に行って洗剤を手にしたのでした。

この8番が3番に繋がります。そして4番に繋がり、1番に繋がるのですが、4と1の間の繋がりがいまいち悪いので、その部分を書き足します。

9.
それでまあ、壁に佇むゴキブリに、英国紳士のような落ち着きで洗剤をふりかけたんですよ。少し泡立たせ、ゴキブリが漬かる位の量の洗剤を、「グッバイ、エイジダテ」とか呟きながらモリモリとふりかけたんですよ。

その瞬間でした。

これでほぼ完成。繋げる順番としては、5,6,7,8,3,4,9,1,2となります。微妙に繋がり部分を修正しつつ、さらにクレイジーな表現を織り交ぜて装飾を行い仕上げにかかります。そして、最後にオチ部分を書いて纏めて完成です。

7/20 百聞は一見にしかず

「百聞は一見にしかず」という言葉があります。

ご存知のとおり、何度聞くよりも一度実際に見て知り、確かめる方がよく分かるといった意味を含むものです。

例えば、アフリカ地方の飢餓の問題など、話に聞くだけではどれだけ残酷な状態なのか伝わりにくく、なかなか募金をする気も起きないものです。しかし、実際にアフリカに赴き、その飢餓の様子を目の当たりにした人ならば、「自分も何かしなくちゃならない」などと心動かされたりするものです。

自衛隊のイラク派遣にしてもそうで、どれだけ現地の治安が悪化しているか、どれだけ危険なところに自衛隊員が赴くことになるのか、ニュースを聞いているだけの我々や政府のお偉方には伝わってこないのです。実際に知るのはイラクを訪れた自衛隊員だけ。

我々人類の発展は、好奇心に寄る部分がかなり大きい。これをこうしたらどうなるのか?どうやったらこれができるのか?知りたいという思いが科学を発展させ、人類の進歩を大きく支えてきました。

しかしながら、同時に我々は、身の安全を守るという生物本来の防衛本能を有しています。どんなに好奇心が働こうとも、これを実際にやってしまったら自分の身が危険じゃないだろうか、危なくないだろうか、となかなか行動に移せないものなのです。

百聞は一見にしかず。とは言うものの、行動と伝聞のバランスが程よく取れていることが大切なのです。何事も実際に確かめるでは、体と命がいくつあっても足りません。

例えば、僕がよく日記などに記述する「コンビニで見かけるカップルはむかつく、殺したい」という情報。これも聞いているだけでは、「ああ、ムカつくんだな」と思う程度で、その本質を窺い知ることはできません。

けれども、「百聞は一見にしかず」と、実際に週末夜のコンビニに赴き、ドリンクコーナー前でハメ撮りしかねない勢いでイチャイチャと絡み合う風呂上りカップルを見たりなんかすると、この言葉の真の意味が分かったりするものです。それと同時に、ムカムカと精神的に健全ではない状態になり、下手したら殴りかかってしまいそうな、オレが雷(イカズチ)を落とせる存在だったら、裁きの雷で焼き尽くしてやるといった精神状態に陥ったりするのです。すると、喧嘩の強そうな彼氏に「なに見てるんだよ」などと返り討ちにあったりする危険性も格段に高まるのです。

そう、真実を知ることは、いつも危険で心苦しいもの。それを踏まえて「百聞は一見にしかず」という言葉を使わなければならないのです。何でもかんでも確かめて知れば良いという問題ではない。

先日も、こんな事件がありました。

いつもの如くアパートの部屋でエロ本を読み、物思いに耽ったりオナニーに耽ったりチンゲを焼いたりしていたのですが、壁際から異様な存在感が漂ってきたのです。圧倒的存在感で、僕を地獄の底に叩き落すような生物が迫り寄ってきていたのです。

そう、それはゴキブリ。一人ぐらしパートナー。汚い部屋のパートナー、ゴキブリ。3センチはあろうかというゴキブリが、使い込んだ30年物のチンコのように黒光りしたゴキブリが、まるで僕のことを監視するかのように壁際に佇み、ジッとこちらを伺っておりました。

勘違いしないでいただきたいのですが、僕はゴキブリ程度で取り乱す男ではありません。「あら?ゴキブリかしら?」と、まるで午後のティータイムのような優雅さで彼に対して心の余裕すら見せつけていました。

そして、「無益な殺生などしたくないのだが、仕方ない」とソッと心でつぶやくと、台所に行って洗剤を手にしたのでした。

ほら、なんか「知って得する!家庭雑学!」みたいなヤツでやってるじゃないですか。ゴキブリが現われたら洗剤をかけろ、そうしたらすぐに死ぬから、とかやってるじゃないですか。

「洗剤をかけたらゴキブリが死ぬ」なんてのは、別にゴキブリが汚い生物で、それを洗い落とすから洗剤が良く効くって訳ではなく、洗剤の持つ特性に由来する部分が大きいのですよ。

洗剤ってのは、いわゆる「界面活性剤」と呼ばれるもので、同じ分子中に油に良く馴染む部分と、水に良く馴染む部分を持ち合わせています。つまり、普段は相反する水と油をくっつける働きをしているわけです。だから油を主体とする汚れなんかが洗剤を使うと水と馴染んで落ちるわけ。

ですから、ゴキブリなんてのは油の塊みたいなものですから、洗剤をかけると、洗剤中の油に馴染む部分がボコボコとゴキブリにくっつくんですよ。そうすると、ゴキブリの呼吸をする部分が洗剤によって塞がれてしまうことになり、そのまま窒息して昇天となるわけなんですよ。

原始的に新聞紙やらを丸めてゴキブリを叩き潰すのではなく、知的に理系っぽく、理論的にゴキブリを退治する僕。なんてカッコイイ。

それでまあ、壁に佇むゴキブリに、英国紳士のような落ち着きで洗剤をふりかけたんですよ。少し泡立たせ、ゴキブリが漬かる位の量の洗剤を、「グッバイ、エイジダテ」とか呟きながらモリモリとふりかけたんですよ。

その瞬間でした。

なんか、泡だらけになったゴキブリが襲いかかってくるんですよ。

死ぬどころの話じゃなくて、逆に元気になってるの。バイアグラ使った中年男性みたいに元気になってるの。もうなんかヌルヌルで、その黒いバディを悪魔のように光らせて突進してくるんですよ。

しかもなんか、狂ったサルのように、彼氏に浮気されて怒り狂ってハンドバックで乱れ打ちをする女のように、ウキーッてな感じで手に持ってたエロ本とかで叩き殺そうとするんですけど、それを敏感に察したゴキブリのヤツ、ブヒヒーンとか飛ぶんですよ。泡だらけになって、僕の目にめがけて飛んでくるの。もう呼吸が止まる止まる。死ぬる死ぬる。まさにパニックルーム。

喧嘩になったら相手の目を狙えって鉄則があるけど、まさにその戦法を冷静に実践してるわけですよ。この泡ゴキブリは。なかなかやるじゃねえか。

結局、泡を身に纏いったやけにメルヘンチックなゴキブリに徹底的に追い回されるという失態を演じてしまった僕。全てはゴキブリに洗剤をかけたら本当に死ぬんだろうか?という好奇心が、「百聞は一見にしかず、殺ってみるか」という思いが悪いのです。それさえなければゴキブリに追い回されることはなかった。

疑問に思ったこと全てを実践していては、身が持ちません。魂が持ちません。「好奇心猫をも殺す」なんてまさにそれ。全てを実践するなど、これほどバカげたことはないのです。100回聞いたもののうち、1回くらいは実践してみるといいかもね、それぐらいのバランスが丁度いいのではないかと思います。

「百聞は一見にしかず」、この言葉の真の意味は、100回疑問に思ったら、1回実践してみよう。それぐらいが丁度いいよ。ということなのかもしれません。

つまり、100回ゴキブリを見たら1回だけ洗剤をかけてみよう、ってことです。それぐらいが丁度いい。

まあ、100回ぐらい、3日もあれば見るけどな。

これにて完成。

そして、全体をザラッと読んでみて、「うわっ!つまんねえ日記!」と自己嫌悪に陥り。「全部ボツ!」と全消去して1から書き直したりします。毎日そんな感じです。

Numeri日記の作り方 おしまい

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