子供のキモチ

子供のキモチ

Date: 2003/04/07

近所のショッピングセンターに靴下を買いに行きました。今風にナウく言うとソックスを買いに行きました。できることならセックスを買いに行きたいんだけどな。

なんでこの僕が、ソックスごときを買うために貴重な休みを潰してまでショッピングセンターに来ているのかというと、全ては大崎が原因なのです。

職場のニューカマー大崎。新入りの癖に僕より立場が上という訳の分からない大崎が全て悪いのです。

僕がいつものように職場に出勤した際に、大崎が放った一言

「あれ?pato君、靴下の色が左右違うよ。すごく変だね、それ、ハハハハ」

知らないこととは恐ろしいこと。ハッキリ言わせてもらいますと、僕の靴下の色が左右違うというのはデフォルトです。発情期のカップルがおセックスするぐらい当然でありきたりのこと。

職場の皆はそれを知ってるから口には出さない。けれどもニューカマー大崎は知らないからついつい口に出してしまった。それがどれだけ僕を傷つけることになるか知らずに口に出した。

やっぱね、面と向かって指摘されると気になるじゃない。今までは「靴下の色が左右違うのは俺の個性」とか激しく見当違いな認識の下、右に紺を左にピンクをと装備していたのですが、やっぱり「変だよ」と指摘されると「変なのかなぁ」って気になるじゃない。

だからここはバシッと左右同じ靴下をはいて出勤してやって、筋肉バカ大崎のヤツを黙らせてやろうとか思ったわけですよ。

そしたら一組も同じ色の靴下がないでやんの

家にある靴下全て、そいつらがどいつもこいつも色が違いやがるのな。お、同じ色、とか一瞬喜んでも、よく見たら微妙に色が違ったりしてな。黒と微妙に薄い黒の靴下をはいていっても大崎は見抜くよ。アイツは妥協を許さない。アイツは鬼だ。

それでまあ、じゃあ同じ色の靴下がないのなら買うしかないとショッピングセンターに来たわけですわ。貴重な休みを潰してっ!!ショッピングセンターにっ!!大崎のせいでっ!!クソッ!!

そんな風にブツブツと大崎に対する呪いの言葉を唱えながら、ショッピングセンター屋上の駐車場に車を停め、テクテクと歩いておりましたところ

「どうして!どうして!万引きなんかしたの!」

という女性のキンキン声が聞こえました。室外機などがゴウゴウとうなりを上げる屋上駐車場、そんなうるさい駐車場によく通る大きな怒鳴り声でした。

見ると、駐車してある車の物陰に隠れて親子が激しく言い争っておりました。いや、言い争っていたというよりは、母親が子供を一方的に叱りつけていました。

母親は妙齢のセクシャルなご婦人。少しパーマがかかりすぎで、「すぐ取れちゃうともったいないから強めにパーマかけて」というセコい根性が見え隠れしてオバハンぽいですが、まだまだ現役の女性。この人がネグリジェ姿で迫ってきても俺はやれる、エレクトする、などと勝手に考えておりました。

そんなやや若い感じのするお母さんの子供ですから、子供もまだまだ小さい。やっとこさ小学校に入ったかという感じの幼さで、なんだかちょっとハリーポッターの友達みたいなカンジのクソガキでした。

でまあ、事の成り行きをコッソリと盗み聞きしておったわけですが、どうやらそのクソガキがこのショッピングセンターでお菓子を万引きしたらしいのですわ。それを受けてセクシャルな母親は

「どうして万引きなんてするの」

「どうしてお母さんを困らせるようなことばかりするの」

「お菓子が欲しいなら言えばいいじゃない。別に不自由はさせてないはずなのに」

とまあ、非常に嘆き悲しんでおったわけです。そして、肝心の万引きをした子供はただ黙って俯いておりました。

「お菓子が欲しいなら言いなさい。万引きなんて買い与えてないみたいでみっともない」

という母親の激しい叱責を受けても黙って下を向いておりました。

僕はその様子を車の陰からデバ亀のように盗み聞きしていたのですが、このお母さんの認識は激しく見当違いだなと思わざるを得ませんでした。

きっと、この子供はお菓子が欲しくて万引きしたんじゃない。もっと別の理由があって彼は万引きをしたんだ。お母さんには絶対に分からないだろうけど、子供なりの彼なりの理由があって万引きしたに違いないのだ。

いつの時代もそうだけど、大人というのは子供のキモチを分かってくれない。いつも大人は大人なりの理論で子供を振り回してくれる。大人が子供のキモチを分かってくれることなんて永遠にないんだろうな。どんなに理解力がある親だといっても、それは理解したつもりになってる親に過ぎず、本質的には全く理解してないのだと思う。

僕は子供の頃、いつも傍らには夫婦喧嘩の耐えない両親が存在していた。母親は殴られるの分かってて親父を口汚く罵るし、親父は親父でそんな母親の罵倒を受けてドメスティックバイオレンスに余念がない。いつも馬乗りになって母親を殴りつけていた。

それを震えながら見守る僕と弟。ただただ嵐が通り過ぎるのだけを待っている、そんな感じだった。

毎晩毎晩繰り広げられる連夜の夫婦喧嘩。飛び交う皿に包丁に醤油のビン。僕はそんなバイオレンスな家庭が心底嫌だった。母親と親父が喧嘩をするのを見るのが本当に嫌だった。

どうにかして、両親に喧嘩を止めさせられないだろうか

そう考えた僕は、近所に住む親父の親友のオジサンの家に駆け込んでいた。

「なんでもいいから、今晩うちに遊びに来て」

親父の友人に我が家に遊びに来るように懇願する幼い日の僕。その時の僕には「いくらバイオレンスな両親といえども、来客がある時だけは喧嘩しない」という考えがありました。

だから、誰でもいいから我が家に来て欲しかった。ちょっとの間でもいいから我が家に来て、その間だけ平穏な家庭ってヤツを味わってみたかった。そんな想いが僕の懇願に繋がっていたのです。

その想い実ってか、そのオジサンは僕の頼みどおりに我が家に遊びに来てくれたのですけど

「なんだか、息子さんに遊びに来るように頼まれちゃって。なんかったのかい」

とかオジサンが親父に報告しちゃったものだから、もう大変。

僕はいつもそのオジサンが我が家に来るたびにお小遣いやらお菓子やらのお土産を貰って大喜びしてましたから、親父のヤツ「アイツはお土産が欲しくて遊びに来て欲しいって頼んだに違いない」とか激しく勘違いしちゃって

「オマエが満足に子供に菓子を与えないから子供が乞食みたいにせがむんだろうが!ワシの友人に乞食みたいな真似するんだろうが!」

とか、母に向かって殴る蹴る。オジサンが帰ったその瞬間から殴る蹴る。

僕は、オジサンから貰うお土産なんか全然望んでなくて、ただ純粋に両親に喧嘩して欲しくないから、来客が来てる時だけは喧嘩しないから、オジサンに頼んで来てもらっただけなのに。そのキモチを全然分かってくれなくて喧嘩をする両親。

何で大人は僕の気持ちを分かってくれないんだろう

って馬乗りになって母を殴る親父を悲しいキモチで見ていたね。

そう、いつだって大人ってのは子供のキモチを分かってくれない。そんな風に自分の切ないメモリーを交えながら、万引き母子のことを見守っていた。

「どうしてお菓子なんか盗んだの!」

そう激しく叱責するお母さんは、きっと何かを勘違いしているのだ。その子は、きっとお菓子が欲しくて盗んだわけではない。商品棚に陳列されているお菓子が欲しくて欲しくて盗んだわけではないのだ。こんな飽食の時代に数十円のお菓子が欲しくて盗むなんてそうそうない話しだし。

たぶん、その子が欲しかったのはお菓子なんかじゃない。

こうやって冷たく子供を叱り付ける母親のことだ、きっと普段からそんなに子供に対して優しくしてないんじゃないだろうか。そんな中で、どこかしら疎外感というか寂しさを感じる子供。

もっとお母さんに構って欲しくて、もっとお母さんの愛が欲しくて、彼は万引きをしてしまった。少なくとも僕にはそ思えてしまう。何も数十円ばかりのお菓子が欲しかったんじゃない、お母さんの愛が欲しかったんだって。

僕自身もそういった経験があるから、その子の気持ちは良く分かる。万引き自体は決して許されるような行為ではないけど、母の愛を求める行為は理解できる。

でも、当のお母さんは子供のキモチが理解できない。ただ単純に子供の行った万引き行為を叱るだけ。その行為の背景にある事柄を見ようともしない。

ただ寂しくて、お母さんに構って欲しくて万引きをした子供、そんな子供のキモチも分からずに

「なんで、万引きなんかしたの!!?」

と叱りつける母親。

やっぱ、大人ってのは子供のキモチをわかってくれねーよな、という思いで聞いていると、その子供が口を開いた。ずっと黙って下を向いたままだった子供が、その重い口を開いてついに喋った。

「スリルが欲しくて」

それを聞いて泣きそうな顔で呆れる母親。盗み聞きしながら泣きそうになる僕。と事態は一気に急変。

アレか、貴様は母親の愛とか寂しさとかそういったセンチメンタルジャーニーなお話とは違う次元で「万引き」という名のスリルゲームを楽しんでいたのか。なんという末恐ろしいクソガキ。

6歳そこそこの若さで「スリル」とかいうな。貴様は布袋か。

結局、僕自身も万引きの理由を「母親の愛」とかおセンチな方向で想定していたのだけど、やっぱり僕も大人なわけで、子供のキモチが全然分かっていなかっただけなのかもしれない。

「スリルが欲しくて」

と冷徹に言い放った彼の目は、間違いなくスリリングに犯罪を楽しんでいる目だった。間違いない、ヤツは純粋に犯罪行為を楽しんでいる。6歳くらいという若さで。ショッピングセンターの屋上駐車場の片隅で、言い知れぬ悲しい衝撃を受けてしまった。

僕も結局大人、本当の子供のキモチは分からないということだろうか。

そういえば、思い返してみると僕は子供の頃から左右違う色の靴下をいつもはいていた。何度母親に怒られようとも、僕は僕なりの理由で頑なに左右違う色の靴下をはいていた。そう、ワザと違う色にしていたのだ。

もう大人になってしまった僕はその理由を忘れてしまったけど、きっと、子供時代の僕なりの曲げられない思いがあって止めなかったのだと思う。

「やっぱ、靴下を買うのやめよう」

靴下を買うのを止めた僕は踵を返し、ショッピングセンターに入ることなく車を走らせるのだった。

大崎になんとバカにされようが、僕はこの左右違う靴下をやめない。子供の頃に大人に理解されなかった自分のキモチ。せめて大人になった自分だけはそのキモチを尊重してあげたいから。

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