リゾート恋して

リゾート恋して

Date: 2003/03/10

エメラルドグリーンの海。底抜けに青い空。そして、白い砂浜。聞こえる音は打ち寄せる波の音だけ。傍らにはハイビスカスで彩った南国フルーツのドリンクが。

幼い頃、僕はそのような南国リゾートに憧れていた。テレビから流れる南の島の優雅なホリデーは魅力的で、平凡な毎日を生きる少年をいたく刺激した。

南国リゾートに行きたい。南国の日差しを受けてビーチで寝転びたい。いつしか少年は南国リゾートに行くことを切実に願うようになっていた。

しかし、振り返ってみると貧乏な我が家。ファミコンすら買ってもらえないような貧しい我が家に南国リゾートなど無理な相談だと初めから分かっていたことだった。

親父は「アヂー」と言いながらステテコ姿で扇風機の前を占拠している。母親は僕の体育用のジャージを着て台所で そうめんを作っている。口を開けば「勉強しなさい」としか言わない。こんな家族に南国リゾートを求めるなぞ、酷というものだ。

貧しすぎる我が家を恨んだって何も始まらない。自分の貧乏さを呪っても、弁護士や医者でなかった両親を恨んでも南国リゾートが自分の所にやってくるわけではない。

欲しいなら自分で動きだして手に入れなきゃ。少年だった僕は、南国リゾートをなんとか自分の力で手に入れるべく動き出していた。人に頼らず自分の力で手に入れる、そんな自分を少しカッコイイと思っていた。

しかし、子供と呼べる年齢だった僕は、ハッキリ言って金もなければ力もない。特に貧乏な家庭の子供だったので金がなかった。そんな少年が自分の力で南国リゾートへの旅行券等を手に入れられるはずがない。

だったらもう、この我が家で南国リゾートを手に入れるしかない。豚小屋のような湿度満点の我が家に、見間違うほどの南国リゾートを手に入れるしかない。そう考えるや否や少年は行動に移していた。

少ないなけなしの小遣いをはたいて、南国リゾートっぽいドリンクとグラスを購入する。何故だか意味不明にサングラスも購入。多分、南国リゾートといえばサングラスだと思い込んでいたみたい。

二階建てだった我が家は、二階の窓を越えて屋根の上に出られるようになっていた。それを利用して屋根瓦の上で寝転ぶ僕。枕と毛布を持ち出して、瓦の上で眠る僕。勿論、意味不明にオレンジ色のスクール水着一丁で寝転んでいた。

夏の日差しはサングラス越しでも眩しく、黒い瓦に吸収される熱気は南国気分そのものだった。毛布を敷いた瓦の上に寝転びながら僕は南国気分を満喫していた。

聞こえる音は打ち寄せる波の音ではなく、土曜の昼下がりのテレビの音やら近所のオバサンが子供を叱り付ける声だったりするのだけども、それでも僕は満足だった。屋根の上で少ない小遣いで購入した南国ドリンクを飲む。もう気分は南国だった。小さな港町が僕の故郷で、屋根に上るとモワンと魚食品加工工場の生臭い臭いが漂ってきたりしたのだけど、それでも気分は南国だった。

屋根の上で水着姿で似合わぬサングラスをしながら眠る小学生。それはそれは明らかに異常な光景だったのだと思う。明らかにちょっと頭が可哀想な子供だったのだと思う。

けれども僕は、とてもとても満足だった。憧れだった南国リゾートを、ちょっと歪んだ形とは言え自分の力で再現することができた、手に入れることができた。もう、その事実が満足だった。

多分、南国リゾートとかは本質的にはどうでも良くて、重要なのは自分の欲しい物を自分の力で手に入れるという部分で、その行為自体に少年時代の僕は酔いしれていたのだと思う。

満足だった、とにかく満足だった。本来の物からは程遠いのだけど、自分の作り出した南国リゾートに満足だった。そう、我が家の屋根の上は僕だけの南国リゾート。自分だけの、自分で作り出した南国リゾート。

ご満悦な僕の南国ドリンクを飲むペースもとにかく速くなる。自分で買ってきた南国リゾートっぽいドリンクをとにかく飲む。それこそ屋根の上は日差しを浴びて灼熱の世界でとんでもない状態なので喉も渇く渇く。渇きを潤すためにドリンクを飲む飲む。とにかく有り得ないほどのペースで南国ドリンクを飲み続けていた。

そうこうしていると、途方もない尿意に襲われる。

摂取した水分はどうにかして排出するように人間の体はできている。とにかく膀胱が破裂するかというほどに小便がしたくなったのだ。

や・・・やばい・・・とにかくトイレに行かねば。

しかし、今は屋根の上でリゾート気分を満喫だ。今からトイレに行くには屋根を昇り戻り、二階の窓を乗り越えて階段を下りてトイレに到達せねばならないそれでは余りにも面倒くさすぎる。

もう・・・ここで小便しちゃっていいかな・・・?

そう、トイレに行くのが面倒すぎる僕は、この屋根の上から小便をすることを考え始める。だって、ここは屋根の上じゃない。自然たっぷりの南国リゾートなんだ。

確かに、作られた南国リゾートならばトイレも完備しているだろうし、様々な設備が充実しているだろう。けれども、大自然の中に佇む人の手が加えられていないリゾートなんかだったら、トイレだってないだろう。

そう、ここは人の手が加えられていない南国リゾート。だったらトイレじゃないと小便ができないなんて文明人ぶりを発揮している場合ではない。そんなリゾートに行ったならその辺で小便をするのは当然のことだろう。

南国風の植物が覆い茂る草むらで便をする。海の中に入ってバレないように用を足す。それが南国リゾートなんだ。おっしこがしたいからトイレ、なんて生っちょろいリゾートなんて有り得ない。

などと激しく勘違いした僕は屋根の上から小便をすることを考えます。屋根の上から、平屋建てだった隣の家の屋根の上に向かって激しく小便をしました。

もうね、飲みまくった南国ドリンクがジョルジョルと出る出る。飲んだヤツが全部出てるんじゃねえの?と思うほどに出る出る。しかも、隣の家の屋根が瓦屋根とかではなくてモダンな材質の屋根だったもんだから、照射された小便の音がボボボボボとか小気味良く響くの。その音が何とも言えずに快感でウヒャヒャヒャヒャとか上機嫌に笑いながら小便をしていた。

これぞ南国、これぞリゾート。という激しい勘違いの下に小便をしていた。たぶん、僕はちょっと頭が可哀想だったんだと思う。

それでまあ、気持ちよく小便をしていると・・・

「こらっ!クソガキ!」

という物凄い怒号が下のほうから聞こえる。見ると、小便を照射している隣の家に住むオッサン(漁師)が修羅のような表情で怒り狂っている。そりゃそうだ、家でマッタリと土曜の午後を過ごしていたら、天井からボボボボボとか小便を照射する音が聞こえるんだから。我が家に小便をかけられているんだから。コレで怒らなきゃ何で怒るんだったって感じです。

でまあ、その漁師。ゴリャアアアアとかいう勢いで怒りながら、なんか斧みたいな物を振り回しているんだけど、それでも僕の小便は止まらない。小便は急には止められない。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

と言いながらも度胸満点で小便をし続ける僕。

「降りて来い!ぶっ殺してやる!」

と鼻息も荒く斧のような物を振り回す漁師。

それでも小便は止まらない。もう、止まらない。ノンストップ小便。

とにかく絶体絶命の大ピンチ。もはや南国リゾートとかどうでもよくて、修羅のように怒る漁師から逃げることしか考えられない。

意味不明に水着姿でサングラスをして屋根の上から小便をするクソガキに、その下で斧を振り回す漁師という異様な光景。その異常さは文章では伝わり難いけど、一つだけ分かることがある。それは、最初に思い描いていた南国リゾートとは遠くかけ離れた物だということ。

でまあ、やっとこさ小便が終わり、僕の剥けていないティンポを水着の中にしまうと、次は逃げることを考えねばならない。下では漁師が斧を振り回して待ち構えている。捕まったらどうされるか分かったもんじゃない。とにかく逃げねばならない。

ウワーーー!!

とか叫びながら、傾斜のついた屋根伝いに走って逃げる。しかし、逃げても逃げても漁師は一緒に移動してくる。西側の屋根に移動すれば漁師はその下に移動している。南側に移動すれば漁師も移動している。勿論、斧を所有して待ち構えている。

に、逃げなければ殺される。小便を家にかけただけで殺されちゃかなわん。と思いながらグルグルグルグル屋根の上を駆けて逃げる。このまま周り続けたら溶けてバターになっちゃうんじゃ?というほどにグルグルグルグル。

そうこうするうちに、とにかく走りにくい瓦屋根の上、ツルッと足を滑らせて転んでしまう僕。勿論、傾斜のついている屋根の上で転ぶもんだから、ゴロゴロと転げて下に落ちる羽目に。

ゴロゴロ転げる水着姿の少年。ゴロゴロ転げる上半身裸の少年。そしてそれを下から見つめる斧を持った漁師という異様な光景が。

全ての時が止まって見えた。斧を持った漁師も、転げる自分も。とにかく全ての時間が凍りついたように思える時間が過ぎた。瓦の上に置かれた毛布と枕、南国ドリンクが妙に悲しげだった。

幸い、二階建てでありながら極端に低かった我が家、さらには落ちた場所が隣の家の植木がある場所でそれがクッションになったためか、落ちても大して怪我もすることはなかった。

しかし、下で待ち構えていた斧を持った漁師に捕まえられ、正座させられてこっぴどく叱られた。怒りのアフガンと化した漁師に水着姿のままこっぴどく。サングラスはもうこの時は壊れていた。

やっぱり僕には南国リゾートは無理だった。怪我はしなかった物の、屋根の上から落ちて体のあちこちが痛いわ、漁師に怒られるわ、散々だった。南国リゾートなんて馬鹿なこと考えるもんじゃないな、と半泣きになりながら玄関をくぐって我が家に帰ると

「そうめんできたわよ、早く食べなさい。あら?どうして水着なの?」

と母親が言っていた。やっぱり南国リゾートは無理なんだとそうめんを食べながら泣いた。

さらに後日談。屋根の上から落ちたショックで、屋根上に出した毛布とマクラを出したままにしていた僕。それは数日発見されることなく雨ざらしにされ、発見された時には怒りのアフガンと化した両親に死ぬほど怒られました。

漁師に怒られ両親に怒られ、最悪の南国リゾートでした。人の家に向かって小便をしたという行為に良心も痛んだしね。

こんな思い出もあってか未だに南国リゾートの夢を叶えていない僕。今年こそは夢を実現させて南国リゾートに行ってみようかと思う。

行ったら行ったで南国の地元漁師に怒られているかもしれない。

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