最後のコトバ

最後のコトバ

Date: 2003/03/03

「アンタ、ちゃんと神社に来るんだよ、待ってるけんね」

これが母と会話を交わした最後の言葉だった。

僕は約三年前に母親を亡くしている。23歳の時だったろうか。その当時から実家を離れて広島で過ごしていた僕は、滅多に実家に帰ることはなかった。

母親を亡くす二ヶ月前の正月に、たまたま帰省をしたのだが、実家でダラダラ過ごし広島に戻ろうとする時に上記の言葉を母と交わした。正月三が日も終わろうとしていた時のことである。

この日、いつもは普通に「じゃあ、広島に戻るわ」「あら、気をつけてかえりなさいね」と軽く言葉を交わす程度だったのに、なぜかこの時だけは母親が僕の車が停めてある場所まで見送りに来ていた。

これは本当に今でも不思議なんだけど、あの日、母に会った最後のあの日だけ母は名残惜しそうに広島へと戻る僕をいつまでも見送っていた。

実はこの正月の二ヵ月後にウチの爺さんの三回忌が控えていた。ウチの親父はチャランポランのアッパッパーなので三回忌の準備なぞ微塵もしない。長男である僕と母が中心となって準備をすることになっていた。

それであの最後のセリフだ。ウチの実家周辺は神教とかいうヤツで冠婚葬祭全てが神事になっていた。葬式も神社から神主さんがやってきてするし、墓場も神社の裏手にあった。寺や坊主ではなく、葬式は神社で神主だった。

だから、爺さんの三回忌も神社の神主さんに来てもらってやることになっていたのだが、母さん一人で神社に頼みに行くのはシンドイといこともあり、僕も一緒に神社に頼みに行こうという話になっていた。とりあえず正月に頼みに行くのはアレなので、一ヵ月後に日にちを決めて母親と神社で落ち合って頼みに行くことになっていた。

僕はこれから広島に戻らねばならないのに、その一ヵ月後にはまた神社に頼みに行くためだけに帰郷して来なければならないことに苛立ちを覚えていた。

「アンタ、ちゃんと神社に来るんだよ、待ってるけんね」

「うるせー!わかってるわー、ボケー!」

なぜだか妙にイライラしていた僕は、広島へと帰る車に乗り込みながらこう言ったのを今でも覚えている。

この当時の僕は実家に帰るたびにイライラしていた。たまに実家に帰れば母親が口うるさく叱ってくる。

「アンタ!ずいぶん痩せてるけどちゃんとご飯食べてんか?」

「なんね、その破れたズボンは!みっともない」

「アンタ!いっつも同じ服着とるけど、持ってないんか?」

「ちゃんと爪切りなさい!ほんとにもう」

「ちゃんとトイレ行ったら手を洗ってる?アンタはズボラだから。女の子に嫌われるよ!」

久々に会うからだろうか、とにかく口うるさく口うるさく、まさに親の仇というほどに口うるさく叱ってきた。いや、親が仇といった感じだった。

そんな口うるさい母親のマシンガントークに、心底イライラしていた僕。しかももう約束した一ヵ月後の神社訪問のことまで帰り際に口うるさく言われて、本当にカッとなってしまった。

それで反抗的なセリフだ。「うるせー!わかってるわー、ボケー!」と口汚い捨て台詞を残して車を走らせた。母はいつまでもいつまで姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

そして約束の一ヵ月後。また帰省して母親と待ち合わせした神社に行かねばならなかったのだが、また帰ったら帰ったで口うるさく小言を言われると思い、行かなかった。帰るのが面倒だったというのもあるが、とにかく行かなかった。

そしてさらに一ヵ月の時が流れて。何の前兆もなく母は死んだ。

爺さんの三回忌は母の葬式に早変わりし、葬式に来た神主さんも、一ヶ月前に三回忌を頼みに来た人の葬式をやるなんて・・・などと驚きつつ嘆いておられた。

僕が最後に母と交わした言葉は「うるせー!わかってるわー、ボケー!」だった。口汚く母を罵ったイライラした最低最悪の親不孝息子のような救いようのないセリフが最後の言葉になってしまった。

どうして僕は、あんなにイライラしてたんだろう。

どうして僕は、あんなに口汚い言葉を吐いたんだろう。

どうして僕は、約束した神社に行かなかったのだろう。

全てが悔やまれる事柄で、心底自分のことが情けなくなった。恥ずかしさなんて忘れるほど情けなかった。できればあの日に戻して欲しいと何度も何度も思った。とにかくとにかく後悔した。多分、これからもずっとずっと後悔しながら生きていくのだろうと思う。

月並みな言い方だけど、全ての人に後悔なきように接するべきだ。何が最後のセリフになっても、何が最後のワンシーンになっても、後悔することないように人と接していく。それでもきっと大切な人を失った時は後悔することは山ほどあるだろうけど、少しは救われるんじゃないだろうか。そう思えるようになった。

もう少しで母の三回忌がやってくる。あの日の母との約束を守って、今年こそは母に会いに神社に行ってみようと思う。神社裏にある母の墓の前で、あの日の悪態を謝ってこようと思う。

そう、あの日の母との約束がある限り、僕はいつだって神社に行けば母に会える、そんな気がするんだ・・・。22:19 2008/11/23

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