春よ来い

春よ来い

Date: 2003/01/27

四年前の春、僕は恋をしていた。

春とは躍動の季節。かの有名な音楽家ビバルディは、その代表作ともいえる「四季」の中で「春」をそう表現している。様々な生命や自然の恵みが大地から沸き立つようなメロディが表現されている。

春になると、つくしが地面から顔をのぞかせるのを始めに、新しい命の息吹があちらこちらで湧き上がってくる。そして、人の心には恋という感情が沸き立ってくるのだ。そう、春とは恋の季節。

四年前の春、間違いなく僕の心の中に恋という名の新芽が湧き上がっていた。春うららかな陽だまりの中で、僕は恋をしていた。

春だか冬だか微妙に言い切れないような季節。春っぽいんだけど春というのをはばかるほど肌寒いような季節。そんなありがちな日常の中で、ふと入った近所のパチンコ屋。変わり映えしない設置機種のラインナップを見ながら、ふと店員の女性に目が留まった。

野暮ったいパチンコ屋の制服を着た彼女。決して美人なタイプではない。決してスタイルがいいわけでもない。けれどもその女性が何故だか妙に気にかかった。そうなってしまうと、彼女のことが気になって仕方なく、パチンコしながらも彼女の姿ばかり追いかけていた。

そこそこにパチンコを打ち。二万ばかりすったところで帰宅しようと席を立つ。帰る前にもう一度、彼女を見て帰ろうと姿を探す。店の脇のほうで掃除をしていた彼女の姿を見つける。

話しかける勇気はないものの、少しでも彼女に近づいてみようとする。床にモップをかけている。そんな彼女とすれ違う刹那、僕のポケットからポロリと落ちるタバコの箱。マイルドセブンライトの箱。

「あ、タバコ落ちましたよ」

そっとタバコの箱を拾い上げ、こぼれんばかりの笑顔で差し出してくれる彼女。その笑顔は何物にも形容しがたいほどに輝いていた。脳天を鈍器のようなもので叩かれたような衝撃が走った。

そう、僕は恋に落ちた。

本気で恋に落ちてしまったのだ。掃除をしながらタバコを拾ってくれる彼女に恋をしてしまった。掃除から始まるラブストーリー。

人は恋をすると狂うというけれど、それはまさに本当のことで、パチンコ屋の店員に恋をした僕は狂っていた。狂って何ぼ、狂わない恋なんか恋じゃない。

金もないのに毎日毎日、出もしないボッタクリパチンコ屋に足繁く通う。彼女の姿を見るために、毎日毎日ウンコのようにガチガチに閉められた釘の台を打つ。もう日に2万3万負けるなんて当たり前だった。

それを毎日毎日。どこにそんな金があったんだと今考えると不思議なほどに、毎日パチンコで負けていた。全然話しかける勇気なんてないんだけど、彼女の姿を見るためだけに日に何万も負けていた。季節は春で暖かいのに、僕のサイフは真冬だった。

そんな見るだけの負けるだけの日が一ヶ月も続いたある日、重大な転機が訪れる。

その日もいつものように、彼女の姿を見るためだけにパチンコ屋へ。もう通いすぎてしまった僕は、彼女のシフトをすっかり暗記してしまっていた。

普段のお決まりのコースで働く彼女の姿を確認し、出そうにもないパチンコ台に適当に座る。そして、コーヒー牛乳を飲みながら心ここにあらずといった状態でパチンコを打ち始める。チラチラとコースの隙間から彼女の姿を確認しながら。

その瞬間だった。飲んでいたコーヒー牛乳が悪かったのか、普段の行いが悪かったのか知らないが、いきなり便意をもよおしてしまったのだ。間違いなくP4レベルの便意が僕を襲った。

そうなると、考えることは大便のことばかり。とにかく大便がしたい。トイレに行く時間も惜しいほど急を要する。許されることならこの場でしたいと思いながらも、席を立ってトイレに行こうとするも、そういう時に限ってリーチがかかったりするもんだから行く末を見届けるまでトイレに行くこともできない。

見事にリーチもはずれ、大当たりしてたらさらにトイレに行けなかったなとゾッとする考えをしながらもトイレに走る。忍びの如き速度でトイレに走り、ドアを蹴破る勢いでトイレへと駆け込む。

何とか間に合った。

何度体験しても、この安堵の瞬間は至福の時だ。全ての危機から脱した安心感。そして便意からの開放感。生きていく上で何度も体験するだろう最高に幸せな瞬間。

やはり腹の調子が悪かったのか、下痢状態のウォーターな便がジョロジョロと排出される。茶色いウォーターが、ブーとかピーとか笛と化したかのように音を奏でるアナルから排出される。

途中、誰かがトイレに入ってきたような物音がするのだが気にしない。ビュジョビジョジュルジュルだとかピーとプーとかウンコサウンドがトイレに響き渡る。それに合わせて僕も「うー」とか至福の声を漏らす。

何とか全ての下痢を排出し終わり、意気揚々と大便用の個室から出る。少し体重が軽くなったかのように錯覚しながら、ドアを開ける。そしてそこには信じられない光景が。

憧れの彼女がいた。

ココは男子便所、なのにそこには憧れの彼女が。何故だか黙々とデッキブラシみたいなもので便所床のタイルを磨いていた。

たまにこういう店があるのだが、男子便所だろうが女性便所だろうが、女子店員に掃除させるのだ。何を狙ってのことだか知らないが、とにかく男子便所を女子店員に掃除させる、ココはそんな店だったのだ。

そうつまり、僕が下痢便を懸命に排出している最中にトイレにインしてきたのは、他でもない彼女だったのだ。ブーとかピーとかアルトリコーダーみたいなアナルサウンドも、ビジョブジョとかいう脱力物のサウンドも全て聞かれている。それどころか、今まさにこの便所は僕の排出した下痢便の臭気に満ち満ちている。鼻が曲がるような悪臭が充満している。

そんな中で対峙する恋する二人。

僕はその瞬間に思ったね、「ああ、この恋終わったな」と

掃除をしている彼女を見て始まった冗談のような恋は、便所を掃除している彼女にウンコの臭いをかがれて終わるという冗談のような結末に。

世の中には色々な形の失恋があるだろうけど、僕のように意中の人に下痢便サウンドを聞かれたがために失恋したって人はまずいないだろう。それほどに情けない体験。

帰りの車を運転しながら僕は泣いた。舞い散る桜が綺麗にフロントガラスに当たっては飛び去っていく様を見ながら、泣いた。桜が綺麗だったなぁ、あの時は。

僕はいつだって春に恋をする。そしてその恋はアホのような結末を迎える。きっとそれが僕の宿命なんだろうけど、それでもいつか人生の春が来ることを願って恋をしていくんだろう。いつかきっと。

春よ恋

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