眠れぬ夜の過ごし方

眠れぬ夜の過ごし方

Date: 2002/11/07

コツコツコツコツコツ・・・・・・・。

深夜、電気を消して眠りについていると隣の部屋から複雑怪奇な音が聞こえてくる。妙に規則的に壁を打ち付ける音。何か硬いもので何度も何度も小刻みに壁を叩いている音。

最近はこの音のせいで満足に眠れない。

一週間ぐらい前からだろうか、突然真夜中に、それも決まって深夜1時キッカリに件の音が聞こえるようになった。最初は小刻みな音であったのだが、1時間2時間と時間が経過していくに従って音は大きくなっていく。

クライマックスは4時前後で、もうこのあたりになるとかなりの力で何度も壁を打ち付けている。それもリズミカルに。まるでラテンのリズムのように情熱的に壁を叩く音。それが夜明けまで隣の部屋から聞こえてくるのだ。

コツコツコツコツコツ・・・・・・・。

今夜も異様な謎の音が聞こえてくる。今夜も眠れそうにない。僕の住むアパートは家賃3万円の異様にオンボロアパートなので、音もダイレクトに伝わってくる。音がうるさくて眠れないのは勿論なのだが、それよりなによりミステリアスで気になって仕方がない。僕の中の好奇心が刺激されて仕方がない。一体何故隣人は夜毎壁を叩くのか。なんの目的があって壁を叩くのか。

そういえば、隣の部屋に住む住人についてはハッキリしたことは何もわかっていない。どうやら生理が上がったようなオバサンが一人で住んでるかのように思えるのだが、それだけではないようなのだ。

変なオッサンが出入りしているのを何度も目撃したことがあるし、子供が部屋の前で遊んでいるのも見たことがある。日曜になると意味不明に目を虚ろにした人間が集ってくることもある。よくよく考えたら隣に住むオバサンはミステリアス満点だった。

こんなオンボロアパートにオバサンが住んでいるのも謎でしょうがない。僕の母親ぐらいはありそうな年齢のオバサンが、家賃3万円の6畳のアパートに住む。まるで借金取りから逃げるかのように突然越してきた。引越し荷物はほとんどなかったように見えた。一体何があったのか。

そういえば、隣人の奇異な行動はこれが初めてではなかった。

以前には大音量でお経のようなテープが一晩中流れてきたこともあったし、夜中に突然殴り合いのような音が聞こえたこともあった。オバサンがアパート住民全員の郵便受けを漁っているのを目撃したこともある。昼間はずっと寝ているようで夜になると動き出す。まるで人目を避けるかのようにコソコソと買い物に行ったりしているようだ。

もしかしたら彼女は何かから逃げているのかもしれない。

借金か犯罪か宗教か精神病か、とにかく何らかのっぴきならぬ理由により大都会から逃げてきた。人里離れたこの広島の山奥に逃げ込み、人目につかぬようにヒッソリと家賃3万円の6畳アパートに隠れ住む。明らかに異様な逃亡生活。

どうして僕の住むアパートはこんなに異様な人間ばかりなのだろうか。逆隣は幼児誘拐でもしそうなデブオタだし、下に住むお姉さんはセクシャルな豹柄下着を干しっぱなし、男をとっかえひっかえな女性も住んでいる。他にも挙げればキリがないほどに異様な人間が住んでいる。その中でももっとも異様なのがこの逃亡者オバサンかもしれない。

ゴツゴツゴツゴツゴツゴツ・・・・・・。

今日も音がうるさくなってきた。本当に毎日毎日ご苦労なことだ。とにかく、どんなにミステリアスで好奇心が駆り立てられようとも迷惑な音であることには違いない。1週間続いたこの音のせいで完全に寝不足だ。

職場で居眠りして上司に怒られるわ、車で信号待ちしてて眠ってしまうわ、異様に右目が痛くて涙が止まらないわと明らかに実生活に支障をきたし始めている。本当は僕としては、この謎のサウンドを放置してどこまでエスカレートするのか見届けたいところなのだが、もう限界に来ている。

今日こそは苦情を言って、そのはた迷惑なサウンドを止めてもらおうと思った。そうしないとそのうち僕は寝不足で倒れてしまいそうだ。というか、もう怒りが沸点近くまでやってきていた。

ゴツゴツゴツゴツゴツゴツ・・・・・・。

相変わらずなり続けている怪音を尻目に、玄関を出て外に出る。隣の部屋に直接苦情を、抗議を行うためだ。

アパートの通路に出る。コツコツという音は通路にまで響いている。これは新発見だった。部屋の中の壁を叩く音が、遠く離れた通路にまで響いている。ボロいにも程があるぞ、このアパート。

で、意気揚々と隣の部屋の前まで行き、インターフォンを押す。いや、その前にドア横についている小窓を見てみる。曇りガラスで中は見えないようになっているが、室内の明かりが灯っているかどうかだけは伺える。

真っ暗だ・・・・・。

オバサンの部屋は真っ暗だった。まったく明かりのない状態だった。するとアレか、ババアは毎晩毎晩暗闇の中で壁を叩いているのか。真っ暗な6畳のアパートの中で、何らかの道具を手に持ってコツコツコツと朝まで・・・・。何か執念めいたものを感じる。怨念すら感じる。

この事実に少しビビってします。足がすくむ。明らかに正常ではない。苦情を言う相手は真っ当な精神状態の人間ではない可能性が高いのだ。下手に苦情なんか言おうものなら包丁持って追い掛け回されるかもしれない。ちょっとやめようかとも思った。

けれども、このままずっと怪音が続いて、眠れない日々が続くのも勘弁だ。やはりココは勇気を出して苦情を言うしかない。意を決してやめさせる必要がある。恐怖でドクドクと波打つ胸の鼓動を必死で抑え、ついにインターホンのボタンを押した。

・・・・・・・・・・・・。

何も鳴らない。何も音がしない。インターホンを押したのだが、何も音がしないのだ。全くの無音。静かな深夜のアパート通路にコツコツという怪音だけがこだまする。どうやら彼女はインターホンを電源から切っているようだ。明らかに異常。

もうなんか怖くて怖くて引き返したいのだが、インターホンまで押しておいて引き下がるのも癪だ。インターホンがだめなら直接ドアを叩いてやるとばかりに勢いよくドアを叩いた。

ドンドンドンドンドン・・・

「夜分にすいませーん。隣の部屋のものなんですけどー」

必死で中のオバサンに呼びかける。

ゴツゴツゴツゴツゴツゴツ・・・・・・。

それでも怪音は鳴り止まない。負けるものかとドアを叩き続ける

ドンドンドンドンドン・・・。

ゴツゴツゴツゴツゴツゴツ・・・・・・。

深夜、荒野に佇むボロアパート。そこから流れてくる怪音とドア音のハーモニー。明らかに異常な世界。それでも必死にドアを叩き続ける。

ドンドンドンドン「すいませーん、すませーん」

ゴツゴツゴツゴツゴツゴツゴツッ

止まった・・・・・。やっと僕の呼びかけに応えてくれたのか怪音が止んだ。そして玄関に向かって歩いてくる音がする。

ギシギシギシ

安普請なアパートなので、住人が歩いている音が聞こえる。なんだか恐ろしくなってきた。出刃包丁をジョルジョル舐めながら山姥とか出てきたらオシッコちびる。みっともないほどにちびる。

ガチャ、ギィィィィィィィィィ

ユックリとドアが開く。

「何か用ですか?」

と中から出てきたのは、やはり隣に住むオバサン。出刃包丁を持った山姥は出てこなかったが、このオバサンのいでたちも負けてはいない。

何故だか手にはトンカチを持っている。どうもこれで壁を叩いていたようだ。そして、何か坊さんとか着るような袈裟って言うの?あれを着てるのよ。しかもイッちゃった目で虚ろに。もうね、死ぬる死ぬる。

こんな真夜中に、夜毎壁を叩く異様なオバサン。そんな奇行の主を訪ねてみたら異常な衣装を着て目がイッちゃってる。明らかに相手にしてはいけない類の人間。もうゲームセットゲームセット。ありえないって。このまま何事もなかったように家に帰って布団かぶって眠れたらどんなに幸せか。

でも、どんな意味があるかは分かりませんが、彼女にとってトンカチで壁の部屋を叩くのは重要な行為なのだと思うのですよ。その重要行為を中断させるかのように部屋を訪ねておいて「何も用はありません」ではババアも納得しないだろう。それこそ出刃包丁でジョルジョルやられそうだ。

もうココまで来たら後戻りはできない。言うしかない。たとえ相手が狂うてようとも苦情を言うしかない。

「何か用ですか?」

トンカチを持った彼女が明らかにイライラしている。下手したらそのままトンカチの尖ったほうで頭を叩かれかねない。そうなったら血がぴゅーぴゅー出て死ぬる。勇気を振り絞って口を開いた。

「あ・・あの・・・・・ずっと部屋の壁をソレで殴ってますよね・・・」

相手を刺激しないように下手に下手に出ながら話しかける。

「そうだけど、何か?」

ババアは悪びれる様子もなく受け答えをする。

「その音がですね、うるさくて眠れないんですよ。やめていただきたいのです」

言ったー!ついに言ったー!大丈夫じゃないか。例え相手が狂ってると思われる異様な人物でも勇気を出して言えば何とかなるものだって。言ってみるものだって。これでゆっくり眠ることができる。快眠を貪ることができる。ああ、なんて幸せなんだ。とか思ってたらババア

「黙れ!」

とかカッと目を見開いて言ってんの。わお、やはり狂っておられる。

「私が自分の部屋で何をしようと勝手だ」

とかすごい自分勝手な主張をしてます。なんかトンカチとか振りかぶってるし。キチガイにトンカチとはよく言ったものだ。

で、僕も最初こそはビビってたのですが、ババアの自分勝手な主張があまりにもカチンときたので言い返します。

「あなたね、自分の部屋で何しようと勝手だけどさ、それは周りの住民に迷惑をかけないようにってのが前提でしょ。自由だけど迷惑かけちゃダメだよ」

とか真っ当な主張を。するとババア

「黙れ!」

とか、またカッと目を見開いて言ってるの。明らかにイッちゃってるの。

「黙れって言うか。お前が黙れ。いいから静かにしろや。眠れねえんだよ。うるさいんだよ。静かにしろって」

とか激しい口論に。なんかババアの怪音よりもこの口論のほうがうるさかったような気がします。

でね、激しい口論が続いてたのですけど、ババアが言うのですよ。

「アンタね、私の音がうるさいとか言うけど、ハッキリ言ってアナタのエロビデオの音のほうがうるさいよ。昼間っからアンアンうるさくてやっとれんわ」

とか、ごもっともな意見を。

はい、負けました。ごめんなさい。大音量でエロビデオ見てごめんなさい。

というわけで、僕の熱いハートはババアには伝わることなく、僕の見てるエロビデオの音声が各部屋に筒抜けという事実を知らされて辱められました。エロビデオの音声が筒抜けだなんて・・・。どこで果てたとか全部バレてるってことじゃないか。

で、今日も眠れずゴツゴツゴツゴツゴツゴツと怪音が響いてきております。トンカチで叩いているのは分かったのですが、一体何のために叩いているのか・・・。謎は深まるばかりです。

とりあえず、仕返しとばかりにエロビデオを大音量で見てから眠ることにします。

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