切ない夜を越えて

切ない夜を越えて

Date: 2002/11/05

週末の夜、新宿。仲間達と楽しく酒を飲む集団に、愛を囁きあうカップル。カラオケ屋の呼び込みも元気イッパイで、風俗に通う男たちの足取りも軽い。そう、誰もが新宿の夜を楽しんでいた。

この新宿という街は、どうしてここまで魅力的なのだろうか。狂おしい街並みに狂おしいまでの人々、それらが一斉に集う街。だれもが狂ったかのように新宿を感じ取る街。まさに誰もが新宿という街に魅せられているのかもしれない。狂った箱の中に狂った中身が満載されている、そんなイメージ。

欲望と希望と絶望が混沌と渦巻く街、新宿。全てのアンバランスさがより一層僕の心を惹きつける。高級焼肉店やホストクラブで豪遊する人もいれば、路上の片隅でダンボールに包まって眠る人もいる。高級ソープで豪遊する人もいれば、安上がりにハッスルで済ませる人もいる。すべてがアンバランスで、ありえない不公平が存在する町、それが新宿なのかもしれない。

深夜、最終間近のJR新宿駅で電車を待つ。新宿で狂おしく遊び、誰もが家路へと向かってホームで待っている。興奮冷めやらぬといった表情で、上気だって興奮気味に会話をするグループもいれば、しっとりと寄り添うように暖を取るカップルもいる。そしてゴミ箱を漁って雑誌を探す人もいる。ここもまた多くの人間模様がアンバランスに存在する。

ふと、僕は向かいのホームに目をやった。

僕のいる中央線のホームとは異なり、人がまばらな向かい側ホーム。そこには発車間近の電車がポツンと佇んでいた。そして、それに乗り込む少数の人々。こちらのホームはこぼれ落ちんばかりに人が密集しているというのに、向こうのホームはほとんど人影もない。電車が来ているというのに人影がない。ここもまたアンバランスだった。

そして、一組のカップルが僕の目にとまる。向かいの人がまばらなホーム。そしてほとんど人が乗り込んでいない電車。その発車寸前の電車のドアのところで語り合うカップル。それが何故だか焼きついて離れなかった。

どうやら、そのカップルは遠距離カップルのようだった。何処に行くのかは知らないが、その電車は最終電車らしく、別れを惜しむかのようにドア越しに語り合っていた。

女性側が電車に乗り、男性がホームから見送る。女性は別れが悲しいのか涙を拭く仕草も。まあ、遠距離恋愛にありがちな光景かもしれない。日曜日の夜八時、東京駅の新幹線ホームなどに行けば吐くほど見られる光景だ。

ここは新宿駅。様々な出会いや、狂おしい別れ、刹那な関係が渦巻く街。そんな欲望の街のホームでそんなピュアな光景が見られたことが妙に印象的だった。それ自体が僕にとって途方もなく珍しい事柄だった。しばし、向かいホームの二人と最終電車の成り行きを見守る。

いや、遠距離恋愛と思わしきカップルが別れ際に接吻とかするんじゃないか、などと興味本位で見ていたわけではない。新宿駅で見られたから珍しくて見入っていたわけでもない。正直に言ってしまうと単純にそのカップルがアンバランスすぎるから見入っていたのだ。

電車に乗り、男との別れを悲しむ女性。これが見るからに純朴そうな女性だった。オレンジ色のトレーナを着て、野暮ったいスカートかなんかをはいている。色も白く、黒髪でピュアな中学生のような外見だった。長野県あたりから出てきたような女の子で、その子が新宿に来るからと精一杯お洒落をしているような印象を受ける。明らかに萌える。

一方、男の方はというと、明らかに他者を威圧した金髪に、今時暴走族でもやらないようなリーゼント。黒いスーツを着て、殺し屋のようなコートを羽織っている。どう見てもホスト風の男。普段は「おれ、かぶきちょう」という顔をしてサングラスで裏世界を闊歩してそうだ。

色恋沙汰にありえないということはない。恋愛なんて何でもありだし、考えもつかないような事が普通に起こるのが恋愛。安達祐美と黒田アーサーが付き合う事だってありえる。けれども、明らかにこれはあり得ないような気がする。

純朴でピュアな中学生のような女の子と、金髪のホスト風の男。この二人が最終電車を前にしてドア越しに別れを惜しむなんてあり得ない。

そこで僕は考える。

彼女と男は、高校時代から付き合っていた。大自然豊富な長野県松本の大地で愛を育んでいた二人。

「おれ、高校さ出たら東京に行って働くべ。いっぱいいっぱい金を稼いで、はやく純と結婚するべ」

「うれしい、私もずっと孝明のことさ待ってるばい」

高校を出て、それぞれ別の道を歩むことになった二人。孝明は東京に出て働く、純は松本に残って役場勤めをすることになっていた。

孝明が東京へと行く日。純はずっと泣いていた。会ってしまうと悲しくなるからと部屋でずっと写真を眺めて泣いていた。孝明と行った那須高原で写した写真を・・・。

東京に行った孝明は、小さな町工場でガムシャラに働いた。慣れない東京暮らし、辛い事もあったけど純のことを考えると不思議と頑張れたのだ。

けれども、不幸とは突然やってくる。孝明の勤めていた町工場が倒産してしまったのだ。小さな工場に押し寄せる債権者。人の良い社長は思いつめて首を吊ってしまった。

そして孝明も行く当てもなく東京の街をさ迷うことになる。松本に帰ろうかとも考えたが、何も成し遂げないうちに東京を離れるのも格好悪いと思えた。何度も何度も松本行きの電車に乗ろうと考えたが、それもできぬままに東京をさ迷うことしかできなかった。

「おれ、東京さ行って、でっかいことやるべ」

そんな孝明の強がりを純はいつも笑顔で聞いていた。学校帰りの川の土手。その思い出がいつまでも孝明を縛っていた。

そして、松本で孝明を待つ純も心配していた。これまでに二人は「電話代がかかるから」と手紙でやり取りをしていたのだが、ある日を境に、手紙を出しても帰ってくるだけになってしまったのだ。連絡の取れない日々が続く。

そして月日は流れた。

ある日突然、純の元に孝明から手紙が舞い込んできたのだ。

「純、俺ついにやったよ、東京で一旗あげることができたよ」

そこには、工場が倒産し路頭に迷ったこと、困り果てて東京を徘徊したことなどが流暢な標準語で切々と書かれていた。そして「心配かけてすまなかった、でももう大丈夫だ」とも書かれていた。

今すぐ会いたい。孝明に会いたい。4月に孝明と別れてから7ヶ月。一度も孝明は松本に帰っては来なかった。純の会いたいという気持ちは爆発寸前のところまできていた。

「孝明に会いたいべ。今度の連休に東京に行きたいべ」

ずっとずっと、お互いに頑張っている身だから「会いたい」って言わないでおこうねって決めてたのに、我慢しきれずに手紙に書いてしまった。

「今度の11月の連休においでよ。東京を案内してあげる」

こうして二人は、新宿で再会することになったのだ。純は精一杯お洒落をし、この日のために購入したオレンジのトレーナーを着て東京行きの特急に飛び乗った。

新宿駅東口で待ち合わせ。人もビルもこぼれそうなほどに存在する。純にとってすべてが新鮮だった。

「やあ、待った?」

そこに現れたのは、昔の孝明ではなかった。

ホスト風の風貌で、髪を金髪に染め上げた男がいた。ほのかにコロンの香りを漂わせた純の知らない孝明が立っていた。

「おれさ、歌舞伎町でフラフラしてたら吉岡さんって人に拾われてさ、今はホストやってるんだよ。これでもナンバー3なんだぜ」

孝明は笑顔で語っていた。しかし、その笑顔は高校帰りに土手で夢を話し合ったあの時の笑顔とは明らかに違っていた。

孝明は、フランス料理を食べに連れて行ってくれた。マダムに買ってもらったという高級車で夜景も見に行った。すべてが純にとっては初めての経験で、見るものすべてが新鮮だった。でも、楽しくなかった。

純の知っている孝明は、新宿にはいなかった。純の好きな孝明は、新宿にはいなかった。そこには、孝明のようなホスト風の男が立っているだけだったのだ。

「また、来いよな。今度はタレントが来る店とか連れて行ってやるから」

別れ際、最終電車を待つホームで孝明が言う。

「孝明・・・変わっちゃったね」

純は溢れ出る涙を抑え切れなかった。

一体どうして。どうして孝明は変わってしまったのだろう。まっすぐに、夢を追い続けて東京に出てきた孝明。そして、いつの間にかそれを見失ってしまった孝明。けれども誰が悪いわけでもない。誰を責めることもできない。

夢見る対象となる東京。そして夢を見誤ってしまう東京。

その全てが新宿という街には詰まっているのかもしれない・・・・・。

などと、いつものように妄想脳内ドラマを構築する。そうこうしているうちに現実世界でも最終列車は発車間近となり、確実に孝明(推定)と純(推定)の別れの時は迫っていた。

明らかにアンバランスな二人。上記のようなドラマがなければあり得ない状況の二人。相変わらず純は泣いていて、孝明はコートのポケットに手を入れながら何か言葉をかけている。

そして電車は発車する。純は窓にへばりつくようにしてホームに残る孝明の姿を見続けていた。あらん限り体を絞って、最後の一目だけでも孝明の姿を見届けようとしていた。けれども、無情にも電車は加速していく。

そして、孝明は・・・・・。

電車が発車した瞬間に、すでに彼女のことは無かったことになっているらしく。身を翻してサッサと階段を下りようとしていた。その顔はまさに「かぶきちょう」だった。この後別の女を、豹柄のセクシーな女を抱きに行ってもおかしくない素振りだった。

妄想のようなドラマがあったのかどうか知らないが、必死で孝明の姿を電車内から見続ける純に、ドライに身を翻す孝明。そのアンバランスさが僕の心を締め付けた。

新宿。そこは捨てるほどの幸福と不幸が混在する街。あらゆるものがアンバランスに存在する街。

もしかしたら僕は、そのアンバランスさに魅力を感じ、新宿に惹かれているのかもしれない。

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