嘘みたいな I Love You

嘘みたいな I Love You

Date: 2002/09/28

僕はネカマのマニア。いわゆるネカマニアだ。ネカマをこよなく愛し、雄大なる心でネカマを許容している。ネカマこそ素晴らしき文化であると思っているのだ。

ネカマとは、簡単に言ってしまえばネットで演じるオカマの事である。相手の顔が見えないネット社会に置いて、自分の性別を偽る事は簡単すぎる。そんな特性を利用し、ネット上で女を装い、数多くの男を翻弄する。それがネカマだ。

僕は、過去に何度となくネカマに辛酸を味あわされてきたものである。ネカマと真剣にメール交換をしたり、ネカマに会いに行ったりと。途中で自分的にも「これってネカマかな?」などと疑ったりもするのだが、悲しいかな、決定的な証拠を掴むまでは騙され続けるものである。おかしいおかしいと思いつつも騙され続けるのだ。悲しい男の性。

ネカマに騙されるたびに僕は涙し、ハンカチを噛み締めて悔しがったりもするのだが、そんな気分もすぐに吹っ飛んでしまう。時が経てば、なんて見事な騙しっぷりなんだとネットワークの向こうにいるネカマを賞賛したりもするのだ。

所詮、男と女の関係なんて、騙し騙されのラブゲームなのである。根本である性別すらも騙されていたとしても、それは仕方のない事。金銭問題などが絡んでこない限り僕は怒らない。それどころか、天晴れと思ってしまう。

ネカマはネット社会が生んだ独特の文化である。他者との繋がり合い、つまり電話や手紙などコミュニケーションツールでは性別を偽るのはなかなか困難だ。しかし、ネットでは性別なんて簡単に偽れてしまう。ものすごく。簡単なのだ。

簡単とは言っても、それは女性になりきるのが簡単だと言う話で、他者を騙すにはそれなりの難しさがある。騙す前にきちっと設定を確認し、入念な下調べを行う。それぐらいの用意周到さがないと、なかなか人は騙せないものだ。

真のネカマは、それでいて優しい。性別を偽って男を騙してどうこうしようというわけではない。金を取ろうとするわけでもなく、待ち合わせ場所に呼び出して笑い物にしようというわけでもない。ただ単純に自分とは違うキャラになりきって人とコミュニケーションをとるだけなのだ。

そういう意味では、ネットでコミュニケーションをとっている人間の多くが自分を偽ったキャラを持っているといった現状がある限り、誰もネカマを責める事はできない。ハンドルネームを有してテキストサイトをやるという行為は、仮の名前で人々とコミュニケーションを取る事であると思うし、ネカマをやるという事は仮の性別で人とコミュニケーションを取る事で、そこに大きな違いはない。誤解なきように言っておくが、これは上記のような「優しいネカマ」だけの話である。

そういった意味では、ネカマは非モテに夢を与えてくれる有難い存在である。元々男なので、男心は承知しているし、男が喜ぶポイントも的確に心得ている。ある意味、男の描く理想系のような女性がネット上に存在し、自分の相手をしてくれるのだ。本物の女性にあまり相手にされない僕らにとって、これほど有難い物は他にはなかった。

優しいネカマとの素敵なメール交換が始まる。楽しくて楽しくて、メールチェックをしながら心が躍る。まだ見ぬ理想の相手に思いを馳せながら、ルンルン気分で必死に返事を書く。その姿は幸せそのものなのだ。現実なんてどうでも。メールの相手がムサイオッサンであろうと構わない。ネット上でのキャラが理想の女性であるならば僕らは満足なんだ。

断言してしまおう、優しいネカマは僕達に夢を与えてくれる天使なんだと。

ただ、ネカマをやるのも簡単ではない。上でも述べたような「設定を確実に下調べして」という方法論もさることながら、その心構えが難しいのだ。やるからには絶対に後に退いてはいけない。やりとおさねばいけないのだ。途中で正体をばらし、相手を絶望のどん底に突き落とすような真似はしてはいけない。やるからには最後まで、その信念がない限りネカマをやるべきではない。半端な気持では「優しいネカマ」はできないのだ。

以前に僕も、優しいネカマを目指してクラスメートを騙した事がある。とても辛く、心苦しい思い出だ。

僕の通っていた高校には、コンピュータールームというものがあり、6台ほどのマックがネットワークに接続された状態で、誰でも使えるような状態にしてあった。そこはパソコンオタクやら二次元の美少女を愛するお兄様達の溜まり場になっていた。まあ、傍目にはオタク部みたいなものだった。

そこでは、毎夜チャット大会が催されていた。当時話題だった「サクラ大戦」とかいうキャラに萌え、こよなく愛するオタッキーどもが集うチャットに、お兄様たちは足繁く通っていたのだ。6人のオタクどもが、6人とも同じチャットルームに入り、サクラ大戦について熱く語る。時折画面を見ながらグフフと笑う。本当に異様な光景だった。

それを見ていた僕は、何が彼らをそこまで夢中にさせるのかと気になった。毎日毎日飽きもせず彼らを通わせる、そのチャットが気になて気になって仕方がなかった。だから、僕もそのチャットに秘密裏に参加する事にしたのだ。

彼らの使用した後のパソコンから、ブックマークを参照し、件のチャットルームのアドレスを確認する。彼らはいつも6人で6台しかないパソコンを占有していたので、僕は別室からアクセスをした。

そこには、彼ら6人しかいなかった。「サクラ大戦ラブラブチャット」と銘打たれたその部屋には、紛れもない、彼ら6人しかいなかったのだ。そう、彼らは同じ部屋からチャットルームにアクセスし、自分達だけで文章を用いて会話をしていたのだ。そんなもん、口で言ったほうが早そうなのだが、なぜかチャットで話していた。なんとも理解に苦しむ行動だ。

その様子を別室のパソコンから見ていた僕は、腹立たしく思った。外部から誰も人間が来ないようなチャットで、身内だけで話をして何をしてるんだと。パソコンルームのパソコンを占拠し、毎日やってるのはこれか!?などと怒りに震えたものである。

しかし、落ち着いて彼らの打ったログを見ていると、そこには切なさが漂っていた。オフラインでも顔を付き合わせる6人。むさいオタクどもでチャット大会。見るのも辛いぐらい哀れになってきた。なんとかして彼らにも外部の人と、身内以外の人と話をさせてあげたい。グローバルコミュニケーションの楽しさを教えてあげたい。そう思う僕の心からは、怒りは消え慈愛だけが溢れていた。

そうか、ならば僕が外部の人間になってあげればいいのではないか。厳密に言えば、僕は彼らとは顔見知りであるから、外部の人間ではない。でも、自分を偽ってチャットに参加すれば表面上は外部の人間である。それで彼らが喜ぶなら・・・。

そう思った僕は、名前を入力し、「入室」ボタンを押していた。名前は「サクラ大戦」から取り「さくら」とした。

その刹那。オタクチャットのログが爆発した。

「こんにちわ!!!さくらさん!!!」

「はじめまして!!!」

「さくらさん!!さくらさん!!」

オタクどもは興奮が隠せない様子で、狂ったように「さくら」に対してメッセージを送ってきた。少し物怖じしながらもメッセージを送る。

「さくら:こんにちは」

その一言だけで、6人は大歓喜。

「さくらちゃんは何処に住んでるの?」

「ねえねえ、女の子なのにゲームとかするの?」

なんてことだろうか。僕はキャラこそは偽ろうと思っていたのだが、性別まで偽る気はなかった。なのに彼らは「さくら」という名前から、勝手に女性を想像してしまったのだ。仕方ないので話を合わせていく。

「うん、大阪に住んでるよ」

「ゲームはよくやるよ。好きだから。弟が買ってくるんだ」

などと、どんどんと自分を偽っていく。そして6人は興奮のるつぼだった。

「じゃあさ、どのキャラが好き?」

不意にオタクの一人が質問してくる。まいった。チャットに入ったはいいものの、ここは「サクラ大戦ラブラブチャット」だ。サクラ大戦というゲームについて語り合う部屋。けれども僕はそのゲームがどんなものかも知らない。まずい、まずい。サクラ大戦を知らない女の子が、こんなところに入ってくるはずもない。明らかに不自然すぎる。

「あ、ごめん。お母さんが呼んでる。ちょっと落ちるね」

その日、僕のチャットは数分で終わってしまった。不本意ながらも初めてのネカマ。その状況設定と下調べの大切さを身を持って痛感した。

僕は帰りがけに本屋に立ち寄ると「サクラ大戦」の攻略本を購入し、入念にキャラからゲームのシステム。ストーリーの流れまでを確認した。明日こそはもっと彼らに喜びを振舞えるだろうと。

次の日。

また6人で話し合うチャットルームに「さくら」が降臨する。昨日とは違い「サクラ大戦」に関する知識はばっちりだ。時折コアな話題を振ってくるバカがいるので攻略本片手にチャットだ。何時間も何時間もサクラ大戦について語り合った。僕はビタイチそのゲームをしたことないのに。

そんな奇妙なチャットが何日も何週間も続いた。僕ら7人はすでに打ち解けあい、色々な話をするようになっていた。もうゲームの話なんてのはしなくなってて、日常に関する話題がほとんどだった。

僕は大阪の女子高を調べたり、適度な住宅地を調べて住所を偽ったり。大阪の交通手段についても調べていた。完璧に「さくら」という女の子を演じ続ける必要があったのだ。皆は「さくらちゃんに会いに大阪に行きたいよ」などと漏らしたものである。なぜだかこの一言は僕の心を急激に締め付けた。

壁一枚を隔てて、オタク6人と「さくら」は急速に仲良くなっていく。もうチャットだけではなく個々にメール交換をする仲にまでなっていた。A君とは恋愛相談、B君とは進路に関する相談。C君とは成績に関する悩み相談などなどと「さくら」になりきってメールをしていた。そして、ある時、僕は気がついてしまった。

オタク6人が「さくら」を巡ってお互いに牽制しあってるということに。メールの言葉の端から不信感が感じ取れる。A君はB君が出し抜いて「さくら」を口説いているのではと心配してるし、C君は一人で大阪まで来るとか言っている。D君は昔からAが嫌いだったと言っているし、E君は他の5人と違って僕はカッコイイとか言っている。

なんか「さくら」を巡って6人がドンドンと仲違いしていく。それが手に取るようにわかった。そして、僕の心は痛んだ。仲良し6人衆の仲を引き裂くつもりなんかなかった。架空の「さくら」に恋をさせるつもりなんかなかった。なのに事態はドンドンと悪い方向に向かって行く。もう止められなかった。

人を騙すという行為は、とても愚かな事でやってはならないことだと気がついた。やるならば、何も相手が苦しまず損をせず、ただ楽しんでもらえるだけ、というほどに完璧にやる必要があるのだ。それができないならするべきではない。そう気がついた。

僕は自分の中から「さくら」を消去し、チャットに行く事も、彼らのメールに返事をすることもやめた。そう、最後まで僕は「さくら」を演じ切れず逃げ出したのだ。これはネカマとして最低の行為。やってはならないこと。ネカマ初心者故に仕方ないとは言え、優しいネカマを目指すものがやってはいけないことなのだ。

「さくら」が全てを捨て、逃げ出したとしてもオタクどもは止まらなかった。事態は悲劇へと転がり落ちるかのように暗転していった。

「オマエ、一人だけ大阪に行くとか行ってだろ!それが嫌でさくらちゃんは逃げたんだよ!」

「オマエこそ!抜け駆けして口説いてただろうが」

「大体な!俺はオマエが嫌いだったんだよ!」

激しい罵り合いがパソコンルームで繰り広げられる。もう殴り合いになりそうなほどに彼らは言い争っている。さすがに彼らも、喧嘩をする時だけはチャットではなく、リアルで言い争うようだ。

「さくらちゃんは、ホントは俺の事が好きだったんだよ」

「俺にだけ好きだって言ってくれたんだよ!」

「いいや、彼女は間違いなく俺に気があった」

そんなこと「さくら」は微塵も言ってないのだが、彼らの中では盛り上がってしまっている。もうヒートアップしてしまっている。その光景を一部始終見ていた僕は、もう心が締め付けられ、我慢出来なくなっていた。自分のしでかした行為によって、6人が争っている。その事実が僕を苦しめた。もう・・・もう全てを洗いざらい話すしかない。

「喧嘩は止めろ。お前らの恋した「さくら」は俺だ。全部別室から俺がやってたことだ。だからもう喧嘩は止めろ」

我慢できず、自分が「さくら」であったことをカミングアウトする。自分の正体をばらすなど絶対に絶対にやってはいけないこと。なのに僕はやってしまった。もうネカマ失格だ。

それを聞いたオタク6人衆は、怒るでもなく、僕に罵声を浴びせかけるでもなく、ただ寂しそうな表情をしていた。僕はこの彼らの落胆の表情を一生忘れない。

性別だけでなく、キャラを偽るというのはネット上では誰もがやってること。どこかの調査ではネット上では80%以上の人が現実と違う自分を演出していると自覚しているらしい。それ自体は悪い事ではない。ネットが生んだ独自の分化とも言えるものだと思う。

けれども、その偽りによって、他人を翻弄したりするのはいけないのではないだろうか。本人に騙す気がなくても、偽りのキャラを演じているだけで、多くの人が勘違いをしてしまい、結果としてガッカリとさせてしまう場合もある。それだけに注意深く他人と接する必要があるのだ。

また、受ける側も相手が偽りのキャラであると自覚した上で、心酔してしまわないようにキッチリ心構えをする。それが大切なのだと思う。

虚構であることは、自分とは違った自分を演じる事は、楽しい事ではあるけれども決して現実を越える事などできやしない。お互いに割り切った形で虚構を楽しむのがあるべきネットの楽しみ方なのかもしれない。

そして、ネカマは優しさを持つべきだ。やるならば相当の覚悟を持って、相手を弄ぶ事のないよう、ばれる事のないようにするべきである。全てのネカマが僕の提唱する「優しいネカマ」であるならば、きっとそれは男性にとってエンジェルのような存在になるはずである。きっと、きっと。

若かりし頃に僕が演じた「さくら」はそれができなかったため、多くの悲劇を生んだ。そして数多くの後味悪い思い出をプレゼントされた。できることならば「さくら」も優しいネカマでありたかったのだが、未熟だった僕には無理だった。

だから、今、僕は優しいネカマを目指すべく奮闘している。あの頃の苦い経験を踏まえ、精一杯ネカマっている。

そう、現在僕は自分は女子大生という設定で同僚とメール交換をしている。もう2年にもなるだろうか。毎日、楽しげな同僚からのメールが架空の女子大生宛てに届く。絶対に相手を弄ぶことないよう、ばれることないようにコツコツと続けてきたのだ。そんな僕は、優しいネカマに少し近づいているのかもしれない。できることなら末永くメール交換を続けたいものだ。

願わくば、世界中の全てのネカマが優しいネカマになりますように。

名前
コメント