紫陽花の欺き

紫陽花の欺き

Date: 2002/06/29

めっきり梅雨です。なにかとジメジメとしたこの季節、皆さんいかがお過ごしでしょうか。などと季節に触れた挨拶をしてみましたが、今日の広島は快晴、真夏のような天気で御座いました。まあ、梅雨らしくない今日の天気は無視して、梅雨だということで話を進めていきましょう。

皆さんは「梅雨を代表する植物は?」と訊かれて何を思い浮かべますか。おそらくほとんどの人が紫陽花(あじさい)を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも僕は思い浮かべます。

雨を受けて凛と咲き誇る紫陽花の花。その姿は頼もしくもあり美しくもあります。やはり梅雨といえば、雨に打たれる紫陽花とその横を飛び跳ねるカエル、といった風景が一般的なような気がします。

そもそも、今でこそ紫陽花は梅雨を代表する植物となっていますが、古の日本ではそうではなかったようなのです。あれほど季節の風物詩や花などを重んじる古典和歌に紫陽花の句はほとんど登場しません。万葉集に二首だけ登場して、あとは全く姿を現さないのです。

紫陽花が多くの人に認知されて大ブレイクし、梅雨を代表する花になったのは比較的最近のことなのです。昔の日本ではそれほど紫陽花に関する関心は高くなかったと言えます。

とまあ、「あじさい豆知識」などを披露してる場合ではありません。どんどん話が長くなるのでこの辺でやめておきます。

僕が幼い頃、ブタ小屋のような我が家には生意気にも庭がありました。しかも生意気にもビワの木とか薔薇の花とかあって、ちょっとした植物園みたいな状態になっていたのです。そのビワの木の隣にはヒッソリと紫陽花が植えてありました。

毎年、ちょうど今ぐらいの梅雨の季節になると毎年綺麗な花を咲かせていました。妙に紫陽花好きだった当事の僕は、雨に濡れながらいつまでも紫陽花を眺めていて母親に叱られた記憶があります。ビワの木同様に毎年毎年同じ時期に華を咲かせる彼らのシステマティックさに子供ながら妙に感嘆したのでした。

そんなシステマティックな紫陽花ですが、ある年に珍事が起きました。

季節は夏も終わり、秋にどっぷり浸かったな時期でした。いつものように庭に行くと紫陽花が咲き乱れているのです。当時6歳だった僕はこの季節外れの紫陽花の満開にとても驚き、急いで母親に報告したのです。

それからが大変でした。近所の人が「秋に紫陽花が咲くなんて珍しい」「珍しい珍しい」とこぞって我が家の庭に紫陽花を見に来るのです。きっと、季節の花々を皆で楽しむ、近所付き合いも濃厚、といった時代だったのだと思います。現代ならこうもいかない。

そして噂が噂を呼び、地元の新聞社が取材にやってきたのです。

僕は、最初に紫陽花を発見した子供としてインタビューされました。そして紫陽花の花と並んで僕の笑顔の写真も撮影されました。妙に興奮したのを今でも覚えています。

「いつごろ華が咲いてるのを発見したのかな?」

新聞記者は優しくインタビューします。

「朝にね、庭に行ってみたら、いっぱい花が咲いてたの。それでお母さんに言いに行ったの」

無邪気に答える僕。このころはカワイイ子供だったんです。

「へぇ、どうして庭に行ったの?いつも行ってるの?」

今思うと変な質問なんですが、記者さんも何か記事に書こうと情報を集めていたのだと思います。僕は正直に答えました。

「僕ねトイレでウンコするの怖いの。だから庭でウンコしようと思ったの。お父さんが外でするなら肥料になるから庭でしろって言うから」

と、純真無垢な僕は答えました。なんかオヤジもかあさんも記者さんも顔が引きつってました。いやね、当時いや今もですが、我が家の便所は汲み取り式のボットン便所だったんです。僕はココでウンコをするのがとても怖かった。穴に落ちてしまいそうで、落ちたらウンコの海で溺れてしまいそうで怖かった。だから極力、ウンコは庭でしていたのです。穴を掘ってウンコをし、土をかけて埋める。その辺の犬猫と変わりありません。

そして記者さんは帰っていき、次の日だったかその次の日だったかの新聞に載りました。この切抜きは今でも大切にオヤジが保管しているのですが

「秋の珍事― 紫陽花が満開に」

とか見出しがあって、囲み記事の小さな扱いでした。そしてドカーンと紫陽花の花の横で満面のエンジェルスマイルをする僕の写真が掲載されてました。子供心に「良く撮れてるな、俺って男前やん」と思いました。記事の内容は

「○○市の○○さん(31)宅の庭では、季節外れの紫陽花が花をつけ周囲の人を驚かせている。○○日早朝、○○さん(31)の長男patoちゃん(6)がいつものように花に水をやりに行った所、紫陽花が青色の花をつけていた。今では、この秋の珍事を一目見ようと多くの人が詰めかけ ―」

などと書いてあるのです。よく見てください、なんか僕が紫陽花を発見した経緯が「庭でウンコをしようとした」から「花に水をやりに行った」にすりかえられているのです。ハッキリ言ってこれは捏造です。

新聞とは真実を伝える情報媒体です。特に子供にとって、本に書いてあること、先生の言葉、新聞やテレビの情報は絶対的なものがあります。その真実を伝えるはずの新聞で些細なこととはいえ捏造が行われていることに衝撃を覚えました。

確かに、新聞に「ウンコをしにいって」などと書けるはずもありません。記者の方が配慮し、「水やりに」などと当たり障りのないことに書き換えたのでしょう。けれども、それは記者にとって都合良く真実を作り出していることに他ならないのです。

新聞だけに及ばず、テレビなどのマスメディアは数多くの「都合の良い真実」を作り出してきました。数々のヤラセ疑惑や、嘘の情報、意図的に操作した情報による言論統制。偽りの真実をドンドコドンドコ垂れ流しているのです。

そういえば、以前にもうちのオヤジが「モグモグナントカ」とかいうヒロミとブタがやる料理番組に出演した話を書きましたが、あの時もオヤジは「地元の漁師さん」として放送されてましたからね。うちのオヤジは水道屋だ。確かに、船の上で魚を釣る番組でしたから漁師さんと紹介する方が都合がいいでしょう、船の上に水道屋がいること自体がおかしい。けれどもそれは放送する側の都合であって、真実を捻じ曲げて良い理由にはならないのです。全国放送で漁師と紹介されたウチのオヤジの立場はどうなる。

情報を握る人間が「都合の良い真実」を作り出し、多くの人間の行動や思想を操作することなど容易いことです。テレビが「今、コレがブーム!」といえばこぞって皆は買いに走ります。テレビが「巨人!巨人!」と連呼していれば多くの人が巨人ファンになります。テレビが「友好関係を」といえば国家をあげて友好ムード一色です。なんて気持ち悪い現象でしょうか。

とにかく、これだけ影響力があるのですから、マスメディアは責任重大なのです。

けれども、今のマスメディアにそれだけの責任が果たせているとは思わない。

業界的ノリで都合よく真実を捻じ曲げ、ヤラセなども平気でやる。些細なことでも大きなことでも平気で書き換えてしまう。もしや日本のマスメディアのレベルって世界的にとても低いのではと思ってしまう。

テレビも新聞も信用してはいけない。実際に自分で調べ、自分で情報を吟味して考えるといった時代に来ているのかもしれない。

などと、真っ赤に染まったサッカースタジアムと淡い赤色の紫陽花の花を見て思い出したのでした。

そして、最後にまたもや「あじさい豆知識」をば。冒頭で万葉集に二首だけ紫陽花の歌があるといいましたが、そのうちの家持の歌を引用しましょう。

言問はぬ 木すら紫陽花 諸弟らが 練りのむらとにあざむかれけり

ことばも言わない木ですら紫陽花のように色々な色を見せるものがあるが、言葉を操る諸弟らの言葉に騙されちった、てへ

この歌では、紫陽花は人を欺くものとしてとらえられています。色が赤や青に変わり、実も結ばない紫陽花は「欺き」や「移り気」「浮気心」の象徴として扱われていたのです。日本人、特に昔の人は不変な物を好む傾向にありましたから、こういった「人を欺く花」というのは人気がなかったのかもしれません。だから歌にも読まれていなかった。などと推測してしまいます。

結局アレだな、今のマスメディアは「人を欺く」紫陽花だね、ということが言いたかったのです。ただ、紫陽花は見ていて綺麗だけど、マスコミは見ていて綺麗じゃないよな。精神衛生上よろしくない。

紫陽花色のマスコミさんたちへの些細な言葉でした

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