娯楽

娯楽

Date: 2002/06/17

そもそも娯楽と言いますものは、楽しく愉快で面白いものでなくてはいけません。娯楽でありながら心苦しく、さらにつまらないものであるならば、それはもはや娯楽ではないのです。

つまり、僕にとって金のかかる遊びというのは娯楽ではありません。いくら楽しかろうと面白かろうと、金を使うようなものは娯楽ではない。一般的には娯楽と呼べるでしょうが、僕は呼ばない。

金を使うという行為は、非常に心苦しく、「金を使ってるんだから楽しまなければならない」という義務感が無意識下で生じてしまい、心底楽しめないのです。掛け値なしで楽しめない。これはもはや娯楽ではない。

さらに、気分が滅入ってしまうような行為も娯楽とは呼べない。例えば、金がかかるぬように山に緑を散策しに行ったとしよう。綺麗な日の光を浴び、万緑の中を歩き、山の小動物たちと会話する。そんな素晴らしい行為は娯楽と呼べる。

けれども、山の中で捨てられたゴミや、アホのように大騒ぎする若者達を見ると気が滅入ってしまう。なんだ、最近の若者は、赤い頭しやがって。鳥みたいな頭しやがって。もはや、何処に行っても不躾な若者がいる昨今では、緑の中を散歩というのも娯楽になりえない。

そうなってくると、自分の世界で楽しめる行為が娯楽になりうる。例えば、ドライブ。車を走らせ、見知らぬ街を、見知らぬ海岸線をひた走る。車内にはお気に入りのミュージックを響かせ、おもむろにタバコに火をつける。ああ、なんて素敵なんだろうか。愛車でのドライブこそが僕の娯楽なのかもしれない。

と、思いつつ、昨日もドライブしてたのですが、なんかダメなんです。確かに天気もよくご機嫌なナンバーが車内に響き、とても楽しいドライブだったのですが、なんかいけないんです。

なんかね、後ろのシビックに乗ったカップルがイチャイチャしてるんですよ。

もう走りながらイチャイチャイチャイチャ。信号待ちでチューチューチューチュー。もうね、車内でハメ撮りしかねない勢いでしたよ。どうなってんだ、最近の若者は。

いやね、チューチューしたっていいよ。イチャイチャしたっていいよ。百歩譲ってハメ撮りしたっていいよ。でもね、見えないようにやって欲しいんだよ。そんなこと見えるようにやられちゃあ、僕も気になってミラーで凝視してしまうではないですか。ティンポビンラディンで前方不注意ではないですか。危ない危ない。

どうせね、後ろのカップルはデートでもしてたんでしょうよ。昨日は暑かったですから、2人で海でも見に行って、波打ち際でランデブーしてきたんでしょうよ。でもって彼氏は波と戯れる彼女を見て、胸キュン。さらに夕日をバックに微笑む彼女、渚のマイエンジェルとか言って愛も盛り上がったんでしょうよ。アホか。

だからってな、車の中でイチャイチャイチャイチャしやがって、気分悪いわ。いやね、イチャイチャを見るのが気分悪いのではなくて、それを必死で覗き見してる自分が可哀想なんですわ。

必死で後ろのシビックが離れないようにスピードダウンする僕。必死で見えやすいようにミラーを調節する僕。ミラー越しに後ろの彼氏と目があってしまい、必死で目をそらす僕。なんとも情けないやら誇らしいやら。

もうね、自分の世界になれるはずのドライブだって、自分にとってはもはや娯楽ではない。なんか気分悪い。ガソリンとかでちょっと金使っちゃってるしな。もう現代に真の娯楽と呼べるものはないのかもしれない。

そう思ってたら思い出したんですよ。我々人類には最高の娯楽があるということに。これはもう凄い娯楽ですよ。僕はコレを知った時に目からウロコがバリバリ剥がれ落ちる気分だったね。

いやね、みなさんは「サバイバル」っていうマンガをご存知ですか?

このマンガでは、急に天変地異が起こり世界中が壊滅状態となり、ある少年が1人で無人島生活を余儀なくされる話なのです。少年は自分で食料を得て、住むところも作り一人でサバイバルをし生き抜いていくわけです。

生きることに精一杯な少年が過酷なサバイバル生活の中で見出した唯一の娯楽。それが排便なのです。

排便の快感は全人類共通の快楽です。溜めに溜めた排泄物を一気に放出する。肉体的にも快感ですが、精神的にも爽快です。なんとも素晴らしい瞬間、それが排便なのです。

マンが中でも、少年はサバイバル生活の中で必死に排便を我慢します。溜めに溜め、そして一気に放出します。「くぅー爽快」などと涙を流して喜ぶシーンがあるほどです。それほど溜めに溜めた後の排便とは快楽なのです。

人間の生理現象に基づいた快楽。そしておセックスなどとは違う、セルフな快楽。コレこそが真の娯楽と呼べるのではないでしょうか。完全に自分の世界ですし、トイレだけなら金もかからない。なんとも素晴らしい。

僕は排便こそが真の娯楽であるということに開眼し、この週末は必死で排便を我慢してみました。

来る日も来る日もウンコがしたくなる気持ちを抑えて我慢です。さすがに小便は膀胱炎とかの危険があるので我慢しませんでした。とにかくウンコを我慢です。

お腹も痛くなりました。死ぬほどウンコがしたくなりました。ちょっと出たりもしました。辛くて何度もやめようと思いました。もう排出してしまおうと。けれども、その苦しみを乗り越えた先には「排便」というまさに天使の福音が待ち構えているのです。なんとも狂おしい。

そう思い、ずっとずっと我慢しました。我慢しました。



いやね、漏らすかと思った。ウンコ漏らすかと思った。

娯楽を求めてウンコ我慢して、漏らしてりゃ世話ないよな。漏らしちゃったら娯楽どころの騒ぎじゃねえよ。ホント死ぬかと思った。

でもやっぱ、漏らす直前まで我慢した後のウンコは格別だったよ。最高の気分。ちょっと体重が軽くなったような気分。

けれども、なんかやっぱり「漏らしたらどうしよう・・・」なんて重苦しい気分になってしまって娯楽どころの騒ぎではなかったです。排便すらも僕にとっては娯楽にならない。

まるで青い鳥を探す少年の如く、真の娯楽を求める毎日です。

誰か僕に真の娯楽を教えてください。

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