ないものねだりの I want you

ないものねだりの I want you

Date: 2002/06/14

今日、なにやら急激にエロトランプが欲しくなりました。絵柄がエロいトランプ。ハートのクィーンがエロ過ぎるトランプ。ハートのクィーンに限らず、全部の絵柄がモリモリに裸婦なトランプ。もう欲しい欲しいという状態でした。

もはや、これは「なんとなく欲しいんだよねー」というようなレベルではなく、宇宙から受信した電波が僕のピンク色の脳みそに働きかけてきて「エロトランプを買わねばならない、地球のため、未来のため」とキチガイのように欲するレベルでした。

こういった止むに止まれない事情もありましたので、今日はちょっと外回りと称して仕事をサボっておもちゃ屋にエロトランプを買いに行きました。っていうか日も落ちかけた夕方ぐらいでした、一般人ならとうに仕事は終わってる。

しかしまあ、最近のおもちゃ屋ってのはオシャレなんですな、小奇麗なんですな。なんか国道沿いの大型店舗に行ったんですけど、ビックリするぐらい広くてオシャレでした。しかも夕方とはいえ平日なのに結構な数の子供達がいるんです。

いやね、最近の子供達ってのはホント金持ってるよな。大金握り締めて子供だけでオモチャ屋にやってきて、自分の好きなオモチャとかバシバシ買っていくんだもの。すげえよ。

僕なんかが子供の頃はね、お金なんてお年玉ぐらいしか持ってなかったし、当然そのお年玉も親に搾取されるし、オモチャなんて買ってもらえなかったわけだよ。だから、おもちゃ屋に行って欲しいおもちゃ見つけようものなら大騒ぎだったね。

買ってもらうしか方法がないんだから、「買って買って!」と大騒ぎだよ。もう地団太踏んで床に寝そべって、スカイラブハリケーンのでかいヤツみたいな体勢になって大暴れだったね。まあ買ってもらえないんだけど。

いやいや、欲しいおもちゃの為にそこまで大暴れする子供がキチガイなのではなくて、それは当たり前の風景でオモチャ屋ではいつでも見られた光景なの。それが貧乏人のスタンダードだった。

でも、最近じゃ、買って買ってとオモチャ売り場で大暴れする子供も見なければ、「好きにしなさい!」と冷酷に先を歩いていく母親も見られなくなった。

子供は金持ってるし、親だってちょっとねだられたら買ってしまうような気がする。おもちゃを巡る親子間の骨肉の駆け引きがみられなくなってしまった。ホント、不況だ不況だ言うけど、日本って豊かになったよなぁ。

僕は子供の頃、とてもとても貧しい家庭で育ちました。それこそ貧乏を絵に描いたような過程で、お金なんてないのが普通だと思ってました。ですから、オモチャが欲しいなどとねだっても親を困らせるだけだと子供心に分かっていましたので、欲しいものがあってもジッと我慢していました。

しかし、ある日オモチャ屋の店頭で出会ったあのオモチャ。狂おしいほど素敵なオモチャ。僕の我慢のリミットは限界を越え、どうしても欲しくなってしまった。

ちにみに、当時の僕の心を鷲掴みにして離さなかったオモチャがコレ

画像
ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX

もう、一目で惚れてしまった。欲してしまった。コイツさえあれば他には何もいらない。だってさ、マッスルタワーだぜ、中開けたら五階建ての建物が入ってるんだぜ。最上階の落とし穴もあれば、四階にブヨンの人形まであるんだよ。相当に作りこんであるんだよコレは。もう欲しくて欲しくてたまらなかった。こういう時こそをこの言葉を使うんだと思う

狂 お し い ほ ど に 欲 し い

もうね、毎日金も持ってないのにオモチャ売り場に行ってコイツを眺めてた。まるでトランペットに憧れる少年のように眺めてた。本当に欲しかった。だけどコイツはいつまでたっても憧れの存在な訳で、貧乏な家庭に生まれた僕には手に入れる術がなかった。

見てると、金持ちのおぼっちゃんとか、恰幅の良い紳士などが軽々と「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」を買っていく。決して安いオモチャではないのだが、ブルジョワジーには安い感覚なのだろう。本当に金持ちが羨ましかった。

で、遂に我慢しきれなくなった僕は、母親と買い物に行った際にオネダリを決行した。用意周到に母親をオモチャ売り場に誘導し、ここぞとばかりに「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」を抱えて「買って!欲しい!」と。当然母親は「そんなお金ありません!」と冷たく突っぱねる。

それでも引き下がらない僕。コレは他のオモチャとは違うんだ。コイツだけはゼッタイに欲しいんだ。もう他にオネダリしないから。いい子になるから。お手伝いするから。弟も虐めないから。

もう泣きながら買って買っての大合唱だったね。もう床に寝そべって、買ってくれるまで動かないといった篭城作戦に出た。「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」を小脇に抱えて。

で、定番どおり母親は「勝手にしなさい!」とかいって冷徹にトコトコ歩いていく。さすがに母親の姿が見えなくなると少々心細くなるが、いくら冷たい母でも本気で帰ったりはしないだろうとか思ったら、ホントに家に帰っちゃうんだもん。鬼のような母親だよな。お前はアメリカ人か。

で、僕はなんかお巡りさんに連れられて家まで帰ったんですけど、母さんムチャマチョ怒ってたものなあ。やっぱ金ないのに「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」なんて高価なオモチャねだられて本気で困ったんだと思う。

母さんは家で「ごめんねごめんね」って泣いてた。

だけども、あまり欲しい欲しいとねだらない僕が、あそこまで痴態を晒したことに不憫に思った両親は、どうにかして買ってやりたいと思ったらしい。

金ないのに無理したんだと思う

ものすごい無理したんだと思う

クリスマスイブ。プレゼントに「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」を抱えて親父が帰宅してきた。

涙が出るほど嬉しかったのを今でも覚えてる。マッスルタワーが輝いて見えた。

「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」を買ってもらえたことよりも、オヤジがおもちゃ屋まで行って買ってきたという行為が嬉しかった。あのクサレオヤジが買いに行ってくれたことが嬉しかった。

僕と弟は小躍りしながら箱を開き、マッスルタワーを組み立てて遊んだ。中には人形がいっぱい入ってて、マンガの原作どおりの作りになっている。すごく精巧な作りの模型。高価なのも頷ける。素晴らしい、素晴らしい。そんな喜びと同時にふとした疑問が

どうやって遊ぶのコレ?

いやね、模型に人形、それはそれは素晴らしい。だけどね、遊びようがないんですわ。飾って眺めて楽しむくらいしか使い道がないの。どうなってんだこれ。唯一楽しめるのが落とし穴だけで、レバーを使って落とし穴ベコベコやって遊ぶだけ。すげえつまんない。ホント、なんでこんなもの欲しがったんだろう。

いやね、遊びようがないない言っても、やっぱ無理して買ってくれた両親の手前悪いじゃないですか。だから、つまんなくても無理して必死で遊んだよ。買ってもらうのにアレだけ苦労したんだもの。

結局、なんでも簡単に手に入れてしまってはいけないんだと思う。苦労して手に入れたものだからこそ愛おしいし、つまらなくても大切に使うんだと思う。最近の恵まれたクソガキどもにそれがあるのか甚だ疑問だ。なんでも簡単に手に入っちゃつまんないぞ。

などと札束握って好きなおもちゃを買う子供を見ながら、あの日のマッスルタワーに想いを馳せるのでした。

あ、結局、大切に使ってたマッスルタワーは道路で遊んでたら車に踏まれて粉々になりました。あれは悲しかったなぁ。もう一度もう一度「ドラゴンボール マッスルタワーの闘いDX」で遊びたい。買うべきか買わないべきか

あ、エロトランプは売ってませんでした。

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